資料室でのお仕事
「うぅ……痛ィ……」
「なら、これからは少しは慎みを持って行動するんだね……痛い……」
たんこぶを一つずつ頭に生やす僕達がいる場所は資料室。
先の出来事の後、僕は急いで朝食を、もちろん自分の手で食べて、キョウと一緒に資料室に向かった。
僕とキョウの取っ組み合いを真奈ちゃんに目撃されてから、必死に弁明をしたけど、
『へえー? キョウか……。もう呼び捨てするだけに仲良くなれたんだー。よかったねー」
と、どこか含みのある言葉を言われ、真奈ちゃんが不機嫌になった後、拳骨を連帯責任として食らったんだけど。
キョウはそれで反省したのか、今はすっかり大人しい。
「それじゃあソータ。ソータにはまズ、この資料の整理をしてもらうゾ」
トントンと何枚かの資料の束を机で揃えて、ファイルと穴あけパンチと一緒に僕に差し出す。
「それをこのファイルにつづってくレ。その後は、ここにある資料を、全て順番通りに並べて、同じように揃えてからファイルにつづってくれナ」
キョウが言い終わるや、資料室にいる他のネコ耳の獣人達が机の上に所狭しと資料のタワーを並べる。
その資料のタワーを見て僕は唖然と言葉を失う。
「…………これ全部するの」
「全部するノ♪」
ニコッと可愛げな笑みのキョウを無償に殴りたい。
僕の身長が確か、前の身体測定で171だったはずだが、机の高さを加算して、資料の山が僕の身長と同等の高さになっている。しかも、それが十数ものタワーもある。
僕はそのタワーの一つから一枚紙を取り、内容を確認する。
「順番通りに並べろって言われても……どれがどの順番なのか分からないよ」
僕はまだ魔界の文字を読めない。
その為、資料の内容を見ての順番把握が出来ないでいる。
と、キョウが助け船を出す。
「資料の右下を見ロ。そこに数字が書かれてるだロ? それを見て並べてくれナ」
キョウの言う通りに資料の右下に目線をやると、確かに右下に何か書かれてる……。
「これはローマ数字? Ⅰは確か1で、こっちはⅣだから4、こっちは7か……。魔界の文字は読めなくても、同じ文字同士で分けて、数字で順番通りに並べる……。よし、これで一つ終了」
一つの紙の束を作り、ファイルにつづるまでおよそ20分。
ここの人は存外適当なのか、積み重なる紙の順番がバラバラで、並び変えるのが大変だけど、昔にクラス全員分の修学旅行のしおり作成や、作文集などを作る時に同じことをしていたからてんてこまいすることはなかった。一つ一つのファイルは厚いけど、少し時間かかる程度で済む。
それからタワーの様に積み上げられた書類を一つずつ消化していき、最後の一つを終えたところで、キョウが声をかけてきた。
「終わったカ?」
「今丁度終わったところ。次はなにをすればいい?」
凝った肩の骨をポキポキ回しながら次の指示を待つと、キョウは指差したのは、
「次はそれをここに並べてもらうかナ」
キョウが指差した場所。それは資料室を四方の壁を沿って天井に届かんとばかりに聳え立つ書類棚。
「ここに|書類ファイル《これ》を並べればいいの? ……どうやって」
高さ30メートル以上あるこの書類棚に、どうやって書類を並べるんだ。
「それなら安心しロ。書類を片付ける時は、これを使うんダ」
そういって取り出されたのは、書類棚と同等の高さを誇る巨大な|梯子《はしご》。
「えっと……それを使って並べろと……?」
「そうダ。この梯子は伸縮自在でナ。こうやって押したり引いたりすると、自由に長さを調整できるから、棚のでっぱりの所にかけてから上って、間違えずに片付けてくレ。ついでにその書類はこの棚の一番上だからナ。頑張れ」
伸縮自在な梯子を渡されるも、僕はすぐに激しく手を振り、
「いやいやいやいや! この高さを、梯子で上れっていうの!?」
「なんダ、不服か? 仕方なイ。なラ、脚立タイプもあるからそっちを使エ」
「そういう意味で言ってるんじゃないの! 僕が言いたのは、この高さを上れっていうことに対してだよ!」
「なんダ、ソータは高い所が苦手なのカ」
「……いや、別に高い所が苦手ってわけじゃあ……こんな高さから落ちれば、人間の僕なんて即死しちゃうよ……」
ごにょごにょと口ごもる僕をニヤニヤとキョウが見て、
「そうカー、ソータは高い所が苦手カー。それはなんとも情けないチキン野郎ダ。それでも雄カ? それでもキ○タマ付いてるのか?」
「なにさらっと下ネタぶち込んでるんだ! 僕はれっきとした男だ! ちゃんと付いてるよ!」
大声で何を叫んでいるのか、周りからの痛い視線に僕は顔を赤くして俯かす。
相も変わらずニヤニヤと笑うキョウ。人を馬鹿にする奴に天罰が……、
「あぁ! 危ないですッ!」
と、拳を握る僕の頭上から張り上げた声が耳に入る
すると――――――
「ぐほっ!」
キョウの頭にプラスチックのファイルが直撃する。しかも、一番痛い角の部分が……。
頭を押さえて蹲るキョウ。相当痛かったのかうめき声が聞こえる。
「…………ぶふぅ」
あ、やばい、こんな漫画の1シーンな光景を目の当たりにして、思わず吹き出してしまった。
キッと蹲りながら僕を睨むキョウから、さっと僕は顔を逸らす。
「それにしてもー。ここってネコ族の獣人が多いんだねー」
「…………」
「これって全員キョウの部下だったりするの? テキパキ働いて皆優秀だねー」
「……………………」
「ここって獣耳が生えた人が沢山いて凄いよね。ケモナーの人にとっては楽園の様な場所だよ。あっ、僕は別にケモナーじゃないけどね」
「…………………………………………」
「……あの、吹き出したこと謝るんで、足を踏むのを止めてください。後、顔近い……」
まさかキョウがここまで執念深いとは……。思わず根負けしてしまった。
僕から吹き出したことへの謝罪を引き出すために、執拗に僕に顔を近づてきた。
しかも、眉根を寄せ、睨む目つきで涙目でだ。これだと謝らざる得ないだろう。
その後、キョウは書類を落とした獣人に説教をするのだが、
「もし次落とすんだったラ、あそこにいる|玉無し《ソータ》の上に落とすんだゾ」
「ねえ、今の僕の名前に何を隠した? 後、なに物騒なことを言っているのかな?」
「分かりました、キョウ様。次落とす時はソータ様の頭の上ですね」
「いや、君、分かりましたじゃないからね! キョウはヤッターってガッツポーズをするな!」
ギャーギャーと僕達は他の作業する人達の目をはばからず口喧嘩を繰り広げて、時間が昼前に差し掛かってしまった。
「ソータの所為で時間をロスしタ! これは今日の昼食に出る白身魚のソテーをキョウに献上するべき罪ダ!」
「全部が全部僕が悪いのかな!? キョウだって色々と僕につっかかって来たじゃん! グチグチ零してないで、次のファイルはどこに入れればいいの!?」
「次のファイルハ、ソータの二つ上の右の段ダ。早く入れロ、このウスノロ。早く終わらしテ、昼食を食べに行きたイ」
「ホント、人の悪口を言わないと死んでしまう病かよ、キョウは……」
キョウの聞こえない程度に呟くと、手に持つファイルをキョウの示した場所に入れる。
そして、ファイルを所定の位置に片付ける作業を終えた僕は、長く伸びる梯子に足をかけたまま、広々とした資料室を見渡す。
さっき聞いた話だと、資料室を管理するのはネコの獣人で、キョウはその者達のリーダーらしい。
せっせと汗を流す他のネコの獣人達と、僕の下で梯子を支えながら昼食を待ち遠しそうにソワソワしてるキョウ。
なんでだろう……真面目に働く部下と不真面目な上司……。
ここは優秀な上司を見て部下たちも頑張るのではなく、反面教師として部下たちが頑張っているのかな……。
なんだか……キョウの部下たちが可哀想に思えてくるよ……。
「おーい、ソータ? 今の私に対しての馬鹿を見るような目と、皆を同情した様な目。そのわけを聞かせてくれるカ?」
「…………黙秘権を行使しますって言えば?」
「ソータ? キョウの手にはソータの命運がかかってる物が握られてるんだゾ? 素直に言うのト、揺らし落とされた後に話すノ、どっちがいイ?」
「うわっ、っと、ああぁ! キョウ揺らさないでよ! 落ちる、落ちるぅ! これシャレになってないから、本当に危ないからッ!」
「ならさっさと言ウ」
「…………キョウって、卓越した素晴らしい人なんだね」
「……そうカ、褒めてくれてありがとウ……お礼に、もっと揺らしてあげるヨ!」
「ぬぉおおおおおおい!」
ホント、頑張って働く獣人たち、申し訳ございません!