食堂にて
「…………颯太さんが事初日で、大変だという事は常々承知なのですが、何があったのか聞いてもよろしいでしょうか?」
机に疲弊して顔をうつ伏す僕に、ホロウさんが開口一番に尋ねる。
「いや、ねえ、ホロウさん……色々あったんですよ……色々と」
「は、はぁ……」
曖昧に返す僕に、これ以上ホロウさんは聞いてこなかった。
何故僕が疲れ切った状態で机にうつ伏かせているのかは、資料室での出来事が原因だ。
僕の誠心誠意な褒め言葉にキョウは不服だったのか、高く伸びる梯子に僕が乗っている状態で揺らされ、
揺らされたおかげで三半規管が刺激して、乗り物酔いの様なめまいを起こしてしまい。
更には床から30メートルはある高さで揺らされたから、その恐怖も加算して足が震える。
以上を踏まえて、僕は今疲弊しきっている。仕事で疲れたってわけじゃないのに情けないよ。
「おーイ。昼食持って来てやったゾ。さっさと食べて、次の仕事にレッツゴーダ」
と、諸悪の根源のキョウがお盆に載せた昼食を持って帰って来た。そしてホロウさんの存在に気づく。
「おっ? ホロウも今から昼食カ? 仕事は一段落したのカ」
「はい。丁度キリの良いところでしたので。けど、食べ終わったらまた忙しくなりますけど」
「そうカそうカ。お互いに頑張らないとナ。ホロウも一緒に食べるカ」
「そうします」
人懐っこい笑顔を浮かばすキョウに、ホロウさんは鎧を頷かせて料理をカウンターまで取りに行く。ここの食堂はセルフで、自分で料理を取りに行かなければいけないらしい。
説明が遅れたけど、僕達がいる場所は魔王城2階にある食堂。
朝昼晩の食事をここで取るのが基本らしく、朝は6~8まで、昼は12~14まで、夜は18~20までの間なら、どの時間でも食べていいらしい。僕達もそれにそぐわず、決められた時間内で昼食を食べに来ている。
ウキウキと心弾ませる様子で机の上に料理を載せたお盆を置くキョウ。
昼食のメニューは、クロワッサン、オニオンスープ、白身魚ソテーに何種類かの野菜が盛ったもの、デザートにアップルゼリー、か……。やっぱりイマイチ魔界観が感じ得ないメニューだ。
そんな人間界のと酷似しているメニューが載ったお盆が二つあり、僕とキョウの分だ。
だが、キョウは僕のお盆に載せられる白身魚のソテーを躊躇いもなく掻っ攫う。
が、僕は文句を言わない。言えないのだ。
資料室での梯子を揺らされた際、僕はキョウのご機嫌とりの為に自分のソテーをキョウにあげると提案して機嫌をなおしてもらったからだ。
けど、やはり昼食の一品を取られた事に少し恨めし気にキョウを睨むが、本人は特に悪びれる気もなく、パクパクと大好物の魚を口に運ぶ。ネコが魚好きって迷信だと聞いてたけど、あれって嘘なのかな?
「イヤー! キョウの大好物をあげるなんて、ソータ愛してるゾ!」
「……魚一品で貰える愛なんてどうかと思うけどね」
キョウの聞こえない程度にケッと吐き捨てる。
その後、いただきますをした僕は、クロワッサンを千切って口に運んでいると、料理を取りに行ったホロウさんが戻って来る。
「いやー。いつもながらですが人が多いですね。料理を取るのにも一苦労ですよ」
と言いながらホロウさんの為に空けてあった椅子に腰かける。
礼儀正しいホロウさんはしっかり手を合わせていただきますをした後、箸で白身魚のソテーを摘み、口に…………口にって、どこに?
「あ、あの……颯太さん? そんなに見られると食べづらいと言いますか……どうかなされましたか?」
僕は無意識にホロウさんをガン見していたらしく、困り声のホロウさん。
僕は咀嚼するパンを飲み込んでから、ホロウさんに訊ねた。
「ホロウさんって……食事は必要なんですか?」
僕の質問を聞いて、ビクッと鎧を震わすホロウさん。
箸で摘まんだ白身魚もポトッと皿の上に逆戻りする。
あ、あれ? 僕、もしかしてダメなこと聞いた?
「い、いや、ですねホロウさん。ホロウさんってデュラハンですし、デュラハンってアンデットじゃないですか? アンデットって疲れはしないし、お腹だって空かない……だから食事は必要じゃないんかな……って思いまして……」
ヤバい。手探りで口を衝いて出したけど、更に泥沼に浸かってしまった。
どよーんと露骨に哀愁漂わすホロウさん。原因の僕はかなりいたたまれない……。隣のキョウからの視線も地味に痛い……。キョウも見てないで少しぐらい僕のフォローをしてよ!
「颯太さん……。いい機会だからお話しすると。私は|首無し騎士《デュラハン》と名乗っていますが、正確に言えば、本当はそれに近いなにかに分類されるのです」
「それってどういう意味ですか?」
「本来デュラハンは颯太さんの言った通りにアンデッドで、鎧の中に腐敗した肉を隠して生存しています。……食事中にする話ではないですが……。私の場合は鎧の中に何もありません」
そう言ってホロウさんは僕の方に鎧を倒して中を見れるようにしてくれる。
兜はないから、胴体の穴から中が確認できる。
確かに、ホロウさんの鎧の中は肉らしき物はない空洞で、何やら淡く光る魔法陣が刻まれていた。
「ホロウさん。この魔法陣はなんですか?」
「それは私の生命線とも呼べるモノで、私の魂をこの鎧に縛り付ける為の大事な機能を施してくれています」
「ん? よく分かりませんが……これはホロウさんにとっては大事な魔法陣、ってことでいいですか?」
僕の聞き返しにホロウさんは鎧を上げてから、鎧を頷かせる。
「従来のデュラハンは己の腐敗した肉体に魂を縛り付けてアンデットとなりますが。私本来の肉体である人間の体は腐敗しておらず、肉体から魂だけを抜き取り鎧に憑依しているのです。そして、私の肉体はまだ、腐らずしっかりと残っています」
「その、ホロウさんの本当の体ってどこにあるんですか? ホルマリン漬けにでもしてるんですか」
「違います。私の肉体は空間魔法でこことは別空間で保管されています。その空間には肉体の時間の流れを抑止する作用がありまして、肉体の腐敗を止めるのです。これはさっきの颯太さんの質問への答えになりますが。確かに私の肉体は別にあって、その肉体が別次元に保管されているとはいえ、肉体の方にも負荷がかかり、疲れや空腹を感じます。それがこの魔法陣を通して魂である私にも伝わり、それを解消するために休みや食事を取るのです」
「休むは体を動かなくすればいいとして、食事はどう取るんですか?」
聞けば聞く程疑問が湧きあがり申し訳ないけど、僕の探求心が訊ねる。
ホロウさんは再び箸で魚の肉を摘み、ゆっくりとそれを鎧に近づけ、魚の肉を鎧に付着させた。
すると、鎧に付いていたはずの魚の肉が鎧へと飲み込まれた。魚を焼くための油さえも綺麗サッパリ消えている。
「な、なんですか今の!?」
「今のが私の栄養摂取方法です。さっきも言った通り、私の肉体と魂は離れていてもこの魔法陣で繋がっています。私が食べたい物を鎧に付着させて念じれば、魔法陣が反応して、食べ物は栄養素に変換、魔法陣を通して私の体に送られるのです。エネルギーもカロリーもしっかり送れるんですよ」
「味とかは分かるんですか?」
「勿論です。うーん! 今日のこの白身魚のソテー、マヨネーズとブラックペッパーがきいてて美味しいですねッ!」
舌がないけど舌鼓を打つホロウさん。味はしっかり感じているようだ。
けど、イマイチ信憑性がなかった僕は、話の外にいたキョウの白身魚のソテーを一口奪う。
「あぁー! キョウのお魚を勝手に取るなッ!」
とキョウがギャーギャー叫ぶのを無視してソテーを口に運び。
確かに、ホロウさんの感想通りにマヨネーズと胡椒がきいてて美味しい。
ホロウさんはしっかり味を感じ取れる味覚を持っているらしい。
……なんか昔に見た某錬金漫画の鎧の弟さんとは違うんだね……。
「てか、キョウ? 取ったの謝るから、机の下でガシガシ僕の足を蹴らないで! 痛いから、本当に痛いからッ!」
食べ物の恨みは恐ろしい。今初めて実感した。
けど、元々この白身魚のソテーは僕のものだからなんだかなーと思う。
後で足を見たら痣が出来てたから、相当力強く蹴ってたな……。
「そう言えば、魔王様はまだ食堂には来てないんですね」
ホロウさんの何気ない一言に僕の足を蹴るキョウが反応する。
「あぁ、確カ、さっきマーちゃんの部屋に行った部下から聞いた話だけド、相当仕事をため込んでいるらしくナ。今はその仕事を終わらすために躍起になってるらしイ」
「仕事が溜まって、って……もしかして僕のせいかな? 昨日真奈ちゃんの時間を僕に割いたおかげで……」
「まぁ……否定はできないナ」
少しぐらい否定してよキョウ……。物凄く後ろめたいんだけど。
「けど、だからと言って食事を取らないのは体に毒ですし……。誰か、魔王様に食事を持って行った方がいいですね……」
「あっ、でしたら僕が持って行きますよ。真奈ちゃんが仕事を溜め込んだ原因は僕みたいなものですし」
「おうおう、ソータ。そう言ってキョウとの熱ーいひとときから逃げようとしているのカ?」
「しないよ。持っていく理由はそういうわけじゃないって。後、そんな事実無根な事を言うな、誰も騙されないとは思うけど、その嘘は反吐が出る」
茶化して肘で僕の横っ腹を突くキョウに返すと、目の前に座るホロウさんはカチャカチャ震えている。
「あ――――あああああ、熱いひとときってなんですか颯太さん!? ま、まさかキョウと、こんな短時間にッ!? ま、魔王様という彼女がいるにも関わらず貴方は、相当な不埒者ですねッ!」
「いや! なに簡単に騙されてるんですかホロウさん!? 今のはキョウの虚言でって、食堂で剣を振り回さないでください!」
ホロウさんは騙されやすいのか、それとも真奈ちゃんの為なのかは分からないけど怒りの感情を昂らせ剣を振り回す。
その後の昼休憩は、食堂で暴れるホロウさんを宥める&誤解を解くをして、僕は昼食を全く食えてないで儚く過ぎたのだった。