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住めば都。だから独房をお貸しします

「もう。メアのせいでとんだ時間を潰したよ。ごめんだけど颯ちゃん。残りの場所は他の人か仕事をしながら覚えて」
 
 分かったと頷く僕。そしてその後は無言となる。 
 大浴場での出来事が気まずく、僕が口を閉じてしまう。
 
 先の出来事は|淫魔《サキュバス》のメアさんが悪いのは承知であるが、やはり真奈ちゃんは怒っているようだ。
 先刻までの廊下を歩く時の僕達の距離は2メートル程だったけど、今では5メートル離れている。
 僕が追い付こうと早足になっても、更に真奈ちゃんが速度を上げて距離が縮まらない。
 
 そのまま無言な空気が流れ、この空気に滅入ったのか真奈ちゃんが嘆息して、

「まあ、メアの件で大体分かったと思うけど、メアはあんな性格だから。いつ狙われるか警戒しておいた方がいいよ。あんな性格だけど昔は沢山の人間を催淫して精気を貪り食っていたから実力は確かだよ。……性格はああだけど……」

 相当メアさんに苦労を掛けられているのか、性格はああだけどを三回も言うなんて。
 けど、次いつ襲撃に遭うか分からないから、出来るか分からないけど警戒だけは心得ておこう。
 
「そう言えば真奈ちゃんは僕がメアさんと一緒にいるって分かった感じで大浴場まで来たけど、あれって主従契約をしているからなの?」

「うん、だよ。主従契約は距離、高度関係なく契約を結んだ相手の場所の特定が出来るから、嫌な予感がして感知したら、案の定颯ちゃんとメアが一緒にいたから、急いで駆けつけたんだよ。メアは側近の中でも問題児だから何かまた不祥事でも起こすんじゃないかってね。勿論、颯ちゃんの身を案じてが一番大きいからね」

「……その割には先刻僕をゴミを見る様な目付きで見てたよね……?」

「それは、あれだよ。ほ、ほら、彼女に嫉妬をされるなんて彼氏としていい気分だと思わない?」

 しどろもどろに目線を泳がし縋る感じの真奈ちゃんに、僕は無言で真奈ちゃんを見る。
 うぅ……と身じろぎする真奈ちゃんはしゅんと肩を落とし、

「ごめん……最初にメアの情報を渡していなかった私の責任だね……」

「いや、別に真奈ちゃんが悪いってわけじゃないんだけどさ……。せめて僕の事を少しは信じてほしいな。必死に僕は純潔を守ったんだからさ」

「颯ちゃん颯ちゃん。自分で言ってて虚しくならない? 高校生にもなって経験がない自分に対して」

「……正直虚しいです……」

 なに。高校生にもなって必死に守る純潔って、乙女か!
 男なら高校生になる前に純潔を捨てろよ! 
 あーあっ! 正直後悔だよ! あと少しで童貞が捨てられたかもしれないのにな!

「……颯ちゃん。今、「あーあっ。正直後悔だよ。あと少しで童貞が捨てられたかもしれないのに」って考えた?」

「うぐっ! ど、どうして分かったの!? 真奈ちゃんってエスパーかなにか!?」

 魔法が使えるんだからエスパーなんて簡単に凌駕出来ると思うけど。驚きのあまりにその言葉を出してしまった。
 図星を突かれて口を滑らす僕に、ピクッと真奈ちゃんは反応をして、

「…………へえー。からかうつもりで適当に言ったんだけど、本当にそう思ってたんだ、へえー」

 真奈ちゃんはハイライトの失った目をして不穏な空気を滲ます。
 墓穴を掘ってしまった僕は咄嗟に口を閉じても時はすでに遅かった。

「そうだよね~。メアはサキュバスでエロいし、大人の色気が沢山あるもんね~。加えて私は経験のないダメ彼女だもんね~。なら、メアに頼んでいっそ大人の階段上ってみる?」

「いやいやいやいやいや! 本当にそんなつもりで思ってたわけじゃあ!? 僕はあんな|サキュバス《ビッチ》よりも数千倍真奈ちゃんの方がいいから! ホント、神様仏様に誓うから信じて!」

 ふーん。と生返事で返す真奈ちゃんに取り付く島はないらしい。
 そもそも、相手が魔王なのに神や仏に誓われても困るだろう。僕はミスったと後悔。
 どうしたら真奈ちゃんの機嫌が直るか、頭を捻らし良い案を探ると、
 真奈ちゃんはトコトコと数歩僕の前を歩き、そして踵を返して囁く様に言った。

「…………颯ちゃんのムッツリエロ、バーカ」

 べーと舌を出して駆けだす真奈ちゃんを、僕は呆然と見送る。
 何が起こったのか、硬直する思考が回復するつれに呑み込み始め、状況を理解した時、僕は心の中で叫んだ。

「(くぁわええええええええええ!)」

 ヤバい! 本当にヤバい! なにあの可愛い生き物!?
 あれが魔族を統べる、悪の根源の魔王なの!? 天使だよ! 今からジョブチェンジして天使になって!
 今の真奈ちゃんの膨れた顔と舌を出す動きを僕の記憶のフォルダーに永久保存だ! 
 と、僕は至福の余韻に浸っているとハッと我に返る。
 真奈ちゃんから離れると城内の構図の知らない僕は確実に迷子になる。

「ちょ、ちょっと待ってよ、真奈ちゃん!」

 先行く真奈ちゃんを僕は叫びながら追いかけた。


 僕は真奈ちゃんを追いかけたはずなのに、何故か真奈ちゃんが逃げて鬼ごっこが始まり、更に時間を潰してしまった。
 そして今、僕達は次の目的地に向かう為、魔王城の地下に通ずる石段の螺旋階段を下りている。
 
 魔王城の部屋や廊下は蛍光灯やLEDライトを使用していたけど、この螺旋階段は世界観に合う壁に設置された三又の燭台の松明が薄暗く照らす。
この螺旋階段の壁の反対側は外なのか壁から隙間風が冷える。
 
 僕はどこに向かっているのか、前を歩く真奈ちゃんに訊ねる事が出来ず、無言で後を追う。
 そして、螺旋階段の最後の段を下りると、ジメッとした冷たい空気が肌を震わす。
 魔王城の地下らしき通路は、螺旋階段同様に石壁に掛けられた三又燭台の松明の光のみで薄暗い。
 天井も上層とは違い、人間サイズの大きさで天井は高くない。
 薄暗くても前方は確認出来るから、その道を歩く真奈ちゃんの後ろを歩く。

 そして薄暗い地下の通路を歩く僕達だが、真奈ちゃんはある木の扉の前で歩みを止める。

「入って」

 扉を開き僕に促す真奈ちゃんに続いて部屋の中へと入る。
 入った部屋は六畳程度の広さの部屋で、石畳の床に、ベット、木の机と椅子だけが置かれた殺風景な部屋。パッと見て囚人たちを従容する独房にも思えた。
 僕が、ここは何なんだ? と考えてると、真奈ちゃん口を開く。

「今日から、ここに颯ちゃんは住んでもらうかね」

「……………はい?」

 今、何て言ったのかな?
 僕が、この部屋に、住む!?
 この独房の様な息苦しい部屋に住むの!?

「ご、ごめんなさい!」

「え、なにが!?」

「本当にさっきの言葉に対して、本当に、心の底から謝罪するよ! まさかそこまで怒っているなんて思わなかった! 僕は別に真奈ちゃんを傷つける為にああいった態度を取ったんじゃなくて! だから後生だから、こんな誰も寄り付かない独房に置いて行くのだけは勘弁して!」

 冷たい石床に頭を擦りつけてこれまでの事を謝罪する僕だが、僕の態度に若干引き気味の真奈ちゃんは、

「颯ちゃん颯ちゃん。私、別に怒ってるから颯ちゃんをここに住まわすってわけじゃないからね?」

 え?と僕は顔を上げる。真奈ちゃんは困った様に頬を指で摩り言う。

「確かにここは昔、魔界で罪を犯した魔族達を収容していた独房だけど、今は誰も使ってないんだ。数年前にこことは別の場所に収容場を設立したからね」

 確かに、僕達以外の人の音は聞こえない。

「正直颯ちゃんにここに住まわすのは気が引ける事なんだけど、上層、つまりは魔王城内の部屋が全部満室でね。入りたての颯ちゃんの為に、誰かを退去させれば反感をくらうし、これでも悩んで悩んでの判断なんだよ。本来は寝具は藁での床敷きなのに、わざわざベットも持って来たり、勉強の為だと椅子と机も用意したんだよ」

 正直嫌だ。これが率直の感想。
 だけど真奈ちゃんの言い分も最もだ。
 今日入ったばかりの僕の為だけに住まう場所を追い出されたら誰だって憤慨するだろう。
 
「ここ以外に、他には場所はなかったの?」

「……外にある魔獣小屋なら空いてるけど?」

「ここに住まわせてください」

 諦めた。だっていつ喰われるかも分からない魔獣の懐で寝たくはないから。
 僕は一度隅から隅へと部屋を見渡す。
 少し冷えている以外は特に困る要素はない。冷えるのであれば毛布を羽織ればいい、最悪松明の火で凌ぐこともできる
 雨を凌げる天井もある。風を凌げる壁もある、隙間風は少しあるけど。ふかふかベットの寝床もあるのだから。住める環境としては申し分もなく。住めるだけありがたいのだと自分に言い聞かせる。
 住めば都って言葉もあるし、ね……。

「なら颯ちゃん。ここに代えの蝋燭とマッチを置いとくから、無くなったら自分で代えてね」

 部屋の木の机に蝋燭箱とマッチ箱を置きそう言う真奈ちゃん。
 部屋の灯りは松明ではなく、机上燭台に蝋燭が一本灯っているだけ。
 けど、十分に部屋を照らす分には十分な灯りだ。

「それじゃあ、颯ちゃん。後で仕えの人を寄越して食堂で晩御飯にするから、それまでに宿題でも終わらしといた方がいいよ。明日から手慣らし程度に仕事をさせるつもりだから」

「分かった。今日は魔界文字の勉強はするの?」

「それは明日かな。少し仕事も残っているし、夜の内に終わらしたいから、明日の夜に勉強をしようね」

 もう一度分かったと僕が頷き、真奈ちゃんは僕の部屋を後にする。
 手を振り真奈ちゃんを見送った僕は、真奈ちゃんの足音が遠くなると、フカフカのベットにダイブする。
 このベットはそこそこ良い素材で作られているのか、低反発で心地よい柔らかさだ。
 ベット上に置かれる枕に顎を乗せて楽な体勢に整えた僕は、懐からスマホを取り出し電源を起動。
 
 真奈ちゃんが僕のスマホに魔法を施してくれたおかげで魔界でも人間界のネットにアクセスできる。
 僕はグーグリを開いて検索ワードに『魔王』と入力する。
 すると数千件ヒットして、上にある『魔王』のピッキペディオを開く。

「魔王……。悪魔や魔物の王。数多の人間を殺戮する残虐性を持ち、魔物の王道楽土を築かんとする悪の象徴たる者。主にファンタジー物などで登場をする空想上の呼び名である……」

 朗読した僕はスマホを掛け布団へと投げて、仰向けに寝っ転がり石の天井を仰ぐ。

「空想上、か……。確かに、僕も今日の夕方まではそう思ってたんだけどな……」

 今日は色々と起こった。
 
 今朝はいつものルーティーンな感じで朝食を食べて登校をした。
 午前の気怠い授業をこなして、毎日の楽しみな真奈ちゃんの弁当を食べる昼休みを過ごして、午後の睡魔が襲う授業を終えたのに、その後の出来事でまさかこんな事態に陥るとは思わなかったよ。
 学園のアイドルで、高嶺の花で、雲の上の存在。
 後半の二つの言葉が今の僕に適用されるか分からないけど、そんな三森真奈ちゃんが魔王?
 こんな話。他の人に話した所で信じてもらえる自信がない。
 あんな学校で、清廉潔白で、素行皆無で、おっとりとして優しい人が、魔族を統べる魔王なんて言えば、鼻で笑われてその日からイジメのターゲットになるのがオチだ。
 僕だって、色々な事を目の当たりにした今だって、正直真奈ちゃんが魔王なんて信じがたい。
 だって、今の所魔王らしい所なんて見ていないし。今日見たのは、ただ彼氏の浮気に近い現場を見て、彼女が嫉妬するよ部分だけだった。
 
 僕が魔界で出会った真奈ちゃんは、学校では誠実で棘のない物言いをする人だったのだけど。
 あれが素なのか、魔王としての真奈ちゃんは何処かサバサバっていうか、竹の割ったような性格だった。
 学校では、低く地面を這いよる様な禍々しい声を出す事も、相手に暴力を振るう事もしない。

 ……僕は何も、真奈ちゃんの事を知れてなかったんだな……。

 僕はそっと目を瞑り、改めて意気込む。

 一度決意して真奈ちゃんとこれからもずっと一緒にいると決めたんだ。
 これからどんな苦難が僕に待っていようとも、絶対に乗り越えないといけない。
 だって…………


 ……もう、あの時の様な、真奈ちゃんの涙は絶対に見たくないから……。


 その後、僕は目を瞑ったまま眠りについたのか、その後の記憶はなかった。
 その日、数多くのイベントを消化からか、疲れて深い眠りだったらしく、その後、仕えの人が来たらしいのだが。
 揺すったり、声を掛けたりして起こしたのだが、僕は起きる事はなく、無理に起こすのも悪いと思ってそのまま放置されたらしい。後で僕を起こしに来てくれた人に聞いたらそう答えた。

 次に僕が目覚めたのは、深夜を過ぎた他の人が寝た時刻。 
 勿論、その時間帯に食堂を閉まっており、僕のご飯はなく、
 虫の音を鳴らすお腹を摩り、空腹を紛らわす為に僕は二度目の就寝を試みるのだった。
 

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