魔王城案内
両親に連絡を終えた僕は、再び真奈ちゃんに連れ出され魔王城内を歩く。
目的は僕に魔王城の内部の案内をするため。内部の構造を知らなければ困る事は想像に難くない。
僕は真奈ちゃんの後ろを歩く形で、大理石で造られた廊下を歩く。
廊下も『魔王の間』同様に天井は高く、横幅も広々としている。
後で聞いた話だけど、人間の数倍の体躯を誇る巨人族の為にこの様な設計にされたらしい。
巨人族の為だから、この廊下を歩いていると小人気分になる。
魔王城は8階建てらしく、魔王の間は8階に充てられている。
8階にいた僕達は下の階に降りる為に階段を下っている。
僕は特に行先を聞かされておらず、肩越しに真奈ちゃんに尋ねる。
「それで真奈ちゃん。今から何処に向かうのかな?」
「適当に城の内部を案内するつもりだけど、城内は広いからね。これから颯ちゃんが使いそうな場所だけピックアップして案内するよ。だから、まずは調理室かな」
調理室か……。
側近は魔王城でも魔王の次に偉い地位だと真奈ちゃんから説明は受けている。
だけど僕は今日魔王城に来たばかりの新参者で、下っ端同然の扱いだ。
入った当初はまず、調理の下ごしらえだったりと雑用をやらされるのだろう。
そして廊下を歩く真奈ちゃんはある部屋の前で足を止める。
「ここが調理室だよ。扉を開けて中に入ってみて」
「けど……この扉かなり大きいし、僕には開けられないよ……」
真奈ちゃんは僕に扉を開ける様に促すが、目の前に聳える木の扉は巨人族設計なのか、人間サイズの十数倍はある大きさに弱音を漏らす。
真奈ちゃんはコンコンと扉を叩き。
「大丈夫大丈夫。見た目は重そうで開けれないと思うけど。この扉は見た目以上に軽いから、騙されたと思って押してみて」
真奈ちゃんに言われ、疑心暗鬼に僕は扉に両手を合わせて力一杯押す。
「……本当だ。思ったよりも軽い」
見た目の巨大さと重量が反比例しているのか、僕の予想を反して扉は軽かった。
僕の力は高校生の平均程度しかないのにも関わらず、ズルズルと扉を開けらた。
人が通れる程度の隙間まで開き、僕は中を覗き込む、
「オラオラオラッ! さっさと働け豚共! 一瞬でも手を抜けば極刑だぞ! 死ぬ気で働けな!」
「「「「イエス、マム!」」」
「ほらそこ! もっと炎を強めろ! 素早く食材を刻め! 一分一秒でも遅れたら連帯責任でグランド100週な!」
「「「「イエス、マム!」」」
灼熱に燃え盛る炎で肉を焼き。数多の野菜たちを刻む。衛生面上大丈夫かとツッコミを入れたくなる程に汗だくで必死に調理をしている数多くの料理人達を鞭打つ鬼軍曹。
僕はそっと扉を閉じた。
苦笑いを浮かばして真奈ちゃんへと振り返り、
「あはははっ。もうこれのどこが調理室って言うのさ? 真奈ちゃん多分これ部屋間違えてるよ?」
僕は棒読みでそう言うが、真奈ちゃんはキョトンと首を傾げて、
「部屋は間違ってないよ。ほら」
真奈ちゃんが指さした場所は木の扉の横に貼られてある表札。そこには確かに『調理場』と書かれていた。
「……い、いや……今の何処が調理場なのかな? 僕からすれば戦場に見えたんだけど……?」
僕の知っている料理はあそこまで死の淵に立たされたような張り詰めた雰囲気ではない。
が、真奈ちゃんは顎に手を当て、ニヤリとしたり顔で言った。
「颯ちゃん、人間界にはこんな言葉があるんだよ。……人々の腹を満たす調理場は戦場だって!」
ドドーン! と幻聴が聞こえる程に高らかに言い放つ真奈ちゃんに、僕は呆れて声も出ない。
ちらちらとこちらの様子を窺う様に目配せする真奈ちゃんだが、僕は無反応を貫く。
最終的に恥ずかしくなったのか、真奈ちゃんは頬を軽く赤めらせると、気を取り直してコホンと咳払いを入れる。
「ま、まぁ……今のは冗談として……。ちょっと待ってて」
先の発言を冗談で済ませたかったのか、颯爽と扉を開けて中に首を突っ込むと、
「クラーク。忙しい所悪いんだけど、こっちに来てくれるかな」
真奈ちゃんがそう言うと、中からはーいと返事が返って来る。
扉の隙間から顔を出した真奈ちゃんに続く様に、隙間から一人の人物が姿を現す。
白のコック姿を身に纏い、白髪を後ろで一つ結った上背のある女性。
確かこの人は、僕が中を覗き込んだ時に鞭を打っていた鬼軍曹。
「紹介するね。この人はクラーク。魔王城の全ての料理を管理する総料理長を務める人だよ」
「クラークだ、よろしくな、えっと……」
「立花颯太です。よろしくお願いします」
背筋を伸ばして腰を曲げて自己紹介をする僕。
お辞儀の基本は30度。礼儀は大事だ。
「颯太君か。こらからよろしくな!」
僕の肩を豪快に笑いながらバンバン叩く総料理長のクラークさん。
僕がクラークさんと目を合わせると、クラークさんは腕を組み僕の身体をじろじろと見ていた。
「あ、あの……僕の身体に何か?」
「いやーね。私、人間を初めて見るからな。ちょっと色々と興味津々なんだな」
「え、けど。クラークさんも見た目人間ですよね? 種族は人間じゃないんですか?」
僕の発言に、ん?と首を傾げるクラークさん。
クラークさんはパッと見て人間だ。
ホロウさんみたいに首が無いとかでもなく、真奈ちゃんみたいに角や尻尾が生えているわけでもない。
整った顔立ちな美人顔。身長も少し上背があるだけで違和感なく。特出した異形な物は見えない。
最初見た時は、僕以外にも人間がいたんだって思ってしまう程に容姿は人間に近い。
けどクラークさんはやれやれと首を振り。
「何を言ってくれてるのさ、颯太君は。私は人間じゃないよ。まあ、確かに今は人間の姿に近い姿にはしてるんだけどな」
クラークさんはそう言いながらコック服のボタンを外して、バッとコック服を脱ぎ捨てる。
僕は咄嗟に両手で目を覆い、直視しない様にするが、「目を開けてこっちを見ろ」とクラークさんに言われて、恐る恐る両手を退かしてクラークさんを見る、と。
クラークさんは裸ではなく、更に下の方にTシャツを着こんでいたのだが、シャツの隙間から漏れるあるモノに、僕はギョッと目を見開く。
クラークさんの腕には、ニョロニョロと蠢いている吸盤の付いた触腕がこれ見よがしに晒していた。
「改めて自己紹介するな。魔王城の総料理長を務めるクラークだ。種族は|海魔《クラーケン》。今後ともよろしくな、人間の立花颯太君」
ニシッ、と歯を見せ自己紹介するクラークさん。
クラークさんの腕から生える物。それは粉うことなきイカの触腕。彼女の種族はあの海の怪物|海魔《クラーケン》だったなんて……。人間の腕が2本と、触腕が8本。合計10で確かにイカだ。
僕が唖然としていると、何故かクラークさんは自身の8本の触腕を鞭の様にしならせ始め、
「この腕色々と便利なんだな。料理をしている時も、一気に10本の腕を使って料理を進められて、単純計算で私1人で5人分の調理作業が出来るって事なんだな! それだけで人件費は浮くし、私の給料アップ! 最近育児で止めた奴もいるし、魔王様、私の給料もう少しアップして」
「ダメ」
ガクリと即答されて肩を落とすクラークさん。
真奈ちゃんは話が進まない事に嘆息して、
「まあ、話はこれまででいいとして。そろそろ調理場内を案内をした方がいいんじゃないかな?」
「……それもそうですね。それじゃあ、魔王様と颯太君は調理場に入ってくださいな」
うげぇ……またあの戦場みたいな調理場に入らないと行けないのか……。
正直、僕は出来ればあの調理場で働きたくないけど、こんな我儘が通じるわけないよな……。
気づかれない様に陰鬱な溜息を吐いた僕は、クラークさんの後に調理場へと入ると、目を点にする。
「あ、あれ……? なんだか、先刻と全然雰囲気が違うような……?」
先程僕が目にした調理場を比喩表現として戦場と例えたけど。
再度入った調理場は、先程の怒声飛び交う調理場が嘘の様に、和気藹々と調理を進める穏やかな光景だった。
少し前と違う調理場の風景に困惑する僕は、隣に立つクラークさんに訊ねる。
「あ、あの……僕は幻覚でも見ていたのでしょうか……? どっちが幻覚かは分かりませんが、先と全然雰囲気が違うんですが……」
困惑する僕の反応を見て、クラークさんはドッキリ大成功とばかりにケラケラと笑いだし。
「いやー。先刻のは颯太君を驚かす為の演技だったんだな。事前に魔王様から人間が来るからって聞かされていたから、ここはちょっと驚かせてみるのが魔族の性ってもんで、許してな!」
ペロッ、と舌を出して反省の色なしのクラークさんに、会って間もない僕だが、若干イラッて来た。
そんな僕の少しの憤りに気づく事はなく、クラークさんがパンパンと手を叩くと、調理場にいる料理人達が僕達に体を向ける。
十数人いる料理人の視線が僕へと集まり萎縮すると、僕の背中をクラークさんが叩く。
「この子が今日から魔王城で働く立花颯太君な。一応は魔王様直属の側近って立場だけど、入ったばかり新人だ。魔王様から許可は貰っている、お前達も颯太君をビシビシ鍛え上げてくれな!」
「「「「「はいッ!」」」」」
元気旺盛に重なる十数名の料理人の返事。
もう一度僕はクラークさんに背中を叩かれよろめく形で前に出ると、背筋を伸ばして自己紹介をする。
「立花颯太です! 浅学菲才な身でありますが、是非とも呆せずご教授をお願いいたします! これから宜しくお願いします!」
僕の自己紹介にパチパチと調理場を包む拍手が返って来る
中には「よろしく!」「一緒に頑張ろうね」「分からない事があったら気兼ねなく聞いてね!」等の言葉もあった。
それを聞いて込み上がる嬉しい気持ちと共にホッと安堵する。
僕は少しだけ不安を抱えていた。
ここは魔界で住むのは魔族。僕はこの世界の住人ではなく人間だ。
魔族には多種多様な種族がいるけど、それら全ては魔族と括られている。
人間界で言うなら日本人や外国人とかの人種の違いみたいなものだ。
けど僕とこの人達は住む世界が違く、その人種の違いで分けれる事ではない。
しかし、この人達はそれらは小さい事だと思っているのか、何の差別もなく僕を受け入れてくれた。
それが嬉しく、これならこの世界で何の不安もなく過ごしていけるのではと、希望が持てた。