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携帯は魔界でも便利道具

 主従契約を終えた僕達は現在も魔王の間におり、パンパンと真奈ちゃんは手を叩き、

「それじゃあ、これで颯ちゃんは魔王城に住み込みで働く事になったけど、その前に、一回家の人に連絡を入れとかないとね」

「え、どうして?」

 特に考えずに答えた事を後悔する。
 真奈ちゃんは僕に軽蔑な意味での冷ややかな視線を送り。

「魔王城に住み込むって事は、イコール颯ちゃんは自宅に帰れないって事になるんだよ。そうなると親御さんは心配しちゃうよ。それなのに、電話の一本も掛けれない親不孝なのかな、颯ちゃんは?」

 突き刺さる視線と言葉でうぐっ口を詰まらす僕。
 確かに、魔界に住むって事は自宅には帰れないと同義だよね。
 何も連絡せずにいたら警察に捜索願を出して迷惑をかけてしまうかもしれない。
 ……あの親がそんな事をするのかは分からないけど……。

「なら親になんて伝えればいいのかな? 貴方の息子はこれから遠い所に旅立つので家に帰れません、とか?」

「…………颯ちゃんって、馬鹿?」

 正直、自分で言ってて馬鹿な発言だと自覚してるからぐぅの音も出ない……。
 真奈ちゃんは呆れた様に額に手を当て静かに溜息を零して

「まず私が馬鹿って言った理由は二つ。一つは、その理由だと、何言ってるのこの子?って頭の可笑しい人だと思われるって事と。二つ目は、魔界に住み込みって言っても、今まで通りに人間界の学校に通うんだからその嘘だと直ぐに看破されるって事」

 僕の思い付きでの発言が恥ずかしくなり穴があったら入りたい……。
 「やれやれ」と真奈ちゃんは左右に首を振って潜めた声で話を続ける。

「まあ、親御さんに心配されずに事を進めるなら、住み込みのバイトをすることになったってのが妥当かな。うちの学校ってアルバイト禁止じゃなかったよね?」

 校則でアルバイト禁止の項目はなかったはずだがら、うんと頷く。

「それでも少し胡散臭そうなラインだけど、それで許してくれるかは、颯ちゃんの親御さんの気前しだいだけどね」

「それなら大丈夫だよ。僕の家は放任主義な部分が大きいから、直ぐに了承は得られると思うよ」

「そ、そう……?」

 なんとも複雑そうな表情を浮かばす真奈ちゃん。何処の家庭もこんなものでしょ。
 僕は懐から液晶パネルをタッチして操作するタイプの携帯、所謂スマホを取り出し電源を起動する。

「……やっぱり、ここは圏外か……」

 薄々は感づいてはいたけど、改めて確認すると、画面に右上に表示するアンテナマークが圏外と表示されていた。
 僕の携帯はあくまでも人間界の道具だから、別世界とも呼べる魔界では使用ができな、い……?

「あれ? でも今まで僕は真奈ちゃんとは何度かメールのやり取りはしてるよね?」

 僕は思い出して疑問を投げる。
 僕は真奈ちゃんと恋人になってから、お互いのアドレスを交換して何度かメールをしていた。
 普通であれば、相手が電波の届かない場所にいた場合、メッセージで『メールの送信に失敗しました』とかが出るはずなのに、今までにそれがなくしっかりと送れていた。
 
「私の携帯はちょっと特別性でね、正確に言えば少し魔法で携帯に細工をしているんだ。勿論、颯ちゃんの予想通りで、普通のままでは魔界で人間界の携帯は使用できないよ」

「人間界の……携帯?」

 僕は前半の魔法よりも、後半のその言葉が気になった。
 
「人間界の携帯って事は、魔界では魔界の携帯があるっていうこと?」

 真奈ちゃんの言い方ではそう聞こえてもおかしくなかった。真奈ちゃんは縦に振り、

「うんあるよ。人間界では電波を使ってるけど、魔界では魔力での周波数を使うけどね」

 そう言って真奈ちゃんは懐から二つ携帯を片手で取り出し、もう片方でトントンと自分の頭を叩く。

「颯ちゃんも一度体験してるから知ってると思うけど。魔界では直接相手の脳に言葉を送る『脳波送受《ブレインリンク》』ってのがあるんだ。あれは見えない魔力の糸を相手の脳に差し込んで信号を送るんだけど。これが思っている以上に難しいんだ」

 ふむふむとそれで?と真奈ちゃんに続きを促す。

「|脳波送受《ブレインリンク》は私やホロウみたいな実力のある人には容易に扱えるけど、普通の一般魔族には扱い難しい魔法だからね。その人達は一般的にこの携帯を使って相手に信号を送るんだ」

 そう言って真奈ちゃんが見せるのは、折り畳みが可能な旧式携帯、所謂『ガラケー』だった。
 
「形のモデルは人間界の物だけど。性能面では魔界がオリジナル。この機械の名称は『|軽量型《けいりょうがた》|帯魔伝達《たいまでんたつ》|魔法《まほう》|補助具《ほじょぐ》』略して『|軽帯《けいたい》』!」

「なんか無理やり過ぎないその略称!?」

「そう? けど、まあ。この軽帯があれば、|脳波送受《ブレインリンク》が扱えない魔族でも、簡単に遠くの相手と脳波送受が可能になる。魔界発の画期的な発明なんだ!」

 ……殆ど人間界の携帯のオマージュだけど、鼻高らかに言っている分容易にツッコめない。
 
「その軽帯ってのがあれば、どんな魔族でも魔界内で遠くの相手と通信が出来るってことでいいの?」

「そうだよ。っと、色々と脱線してたね。次は私が魔界にいながらも人間界の颯ちゃんとメールのやり取りが出来てたかだったね」

「え? それは今の軽帯の説明で事足りてないの?」

 「全然だよ」と答えて、次に真奈ちゃんが見せたのは僕のと同じ機種のスマホだった。色は桜色。
 こっちは、僕が真奈ちゃんとアドレスを交換したり、学校で見掛けたりする携帯だった。

「こっちの方は人間界で流通してる物と同じで。ちゃんと人間界で購入した物だよ」

「そう言えば、さっき、その携帯に魔法を施したって言ってたけど、それはどういう意味?」

 僕が先程の真奈ちゃんの発言を掘り起こして聞くと、真奈ちゃんは指先を光らせて宙をなぞる。
 真奈ちゃんが指でなぞった場所には、紙もペンもないのに線らしき物が描かれる。
 ……もう驚くのも疲れたし、この程度なら出来るだろうと諦める。

 そして真奈ちゃんが描いたのは、二つの円とそれぞれに一文字書かれた絵だった。
 右の円には『人』左の円には『魔』と書かれている。人間界と魔界って意味なのだろう。
 最初に、真奈ちゃんは二つの円の上に電波らしき稲妻マークを各々書き、

「軽帯の話はしたけど。あれはあくまで魔界専用の機械。そして私の持っている携帯も本来は人間界専用なんだよね。だから自分達の世界でのやり取りは出来ても、別次元にある|魔界《こっち》と|人間界《あっち》では通達のやり取りは出来ないんだ」」

 そう言って円を二重にして、上の円に丸を付け加える。
 これはお互いの物はお互いの世界でしか扱えないってのを表してるのかな。
 僕は小さく挙手して質問する。

「けど、今までに僕とのメールのやり取りをしていたのはその人間界のスマホでだよね? アドレスもそのスマホのしか僕の携帯には登録してないし」

 そうだよと真奈ちゃんが頷いて返すと、「ここからが本題だよ」と前置きを置いて話し出す。

「普通なら、どちらの携帯も相手側の世界の方には通達を行えない。けど、私のスマホの方にはそれを可能にする魔法がかけられてあって」

 真奈ちゃんは二つの円を交差する様に線を描き、そして手らしき絵を描く。

「ここからは少し難しい話になってて、魔法の理解が乏しい颯ちゃんに分かり易く説明をすると。自分の魔法を施した携帯から見えざる手を伸ばして、それを人間界まで伸ばす。あっ、二つの世界を繋ぐゲートは常時私の部屋に開いてるから、そこから手を伸ばすのね」

 遅い前提を言ってから真奈ちゃんは話を続ける。

「魔界のゲートを通った見えざる手は人間界まで伸びると、そこで私宛の電波をキャッチしてそのまま手を引っ込めて魔界にある私の携帯に届ける。そこから私が返信する場合は、もう一回見えざる手を人間界まで伸ばして、そこで手から私のメールを人間界に流れる電波に捨てるだけ、そしたら、後は自動的に送り先までメールが届く。分かった?」

 僕の理解を確かめる真奈ちゃんだが、僕は少し間を空けてから答える。

「全然分からない」

 真顔で言う僕に、ですよね~と脱力する真奈ちゃん。
 恐らく真奈ちゃんは魔法に乏しい僕の為に分かり易く説明してくれたのだろうけど、それが更にややこしくしたのか全然頭に入ってこなかった。

 そして真奈ちゃんは説明を諦めたのか、こめかみを押さえてもう片方でひらひらと手を振り。

「まあ、ぶっちゃけた話、使えれば詳細なんて知らなくてもいいよね。だから、はい、講義終了」

 そんな身も蓋もない事を……。なら今までの説明はなんだったのかな……。

「それじゃあ。颯ちゃんの携帯にも私の携帯と同じ魔法を施すから携帯を貸して」

「え、あ、うん」

 僕は真奈ちゃんの指示に何度か瞬かせると握るスマホを差し出す。
 それを受け取り、真奈ちゃんがスマホに手を翳すと黄金色の魔法陣がスマホを包む。
 数秒間魔法陣が包むと、完了したのか魔法陣は消滅して、スマホを僕に返還する。

「それで魔界でも人間界に電波を送れるよ。今から家の方に連絡してね」

 分かった、と僕は答えて、少し離れた場所で家に連絡する。

 僕の予想通り、両親は特に何も言う事なく。
 「うん、分かった。相手に迷惑をかけるんじゃないぞ」と素っ気ない返事だけを貰って、3分も経たずに通話は終了。

 ……これが普通だよね?
 

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