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料理は人間性を表す

 僕の自己紹介を終えてから、クラークさん以外の料理人達は各々の作業に戻る中。
 僕はクラークさんに連れられ調理台の前に立たされていた。

「クラークさん。今から何をするんですか?」

 横に立つクラークさんに訊ねると、クラークさんは調理棚から調理器具を取り出し僕の前に置く。

「これから颯太君には、ちょっとした料理を作って貰うよ。簡単に言えばテストみたいなものな」

「テ、テスト……!?」

 僕はテストは嫌いだ。あんなの好きな人の気持ちが分からない。

「テ、テストって事は、赤点とかもあるんですか?」

 赤点? と言葉の意味が分からない様子のクラークさん。
 魔界では赤点って言葉は存在しないのかな?

 言葉の意味が分からず困惑するクラークさんに真奈ちゃんが耳打ちで言葉を説明。
 あぁー、と理解したのか、それを踏まえて言葉を再開する。

「いや、別に赤点ってやつはないな。これはあくまで颯太君の実力を確かめる為であって、別に下手だとしても、今後ビシバシ教える厳しさの度合いが違うだけだからな」

 ふむふむなるほど。つまり、このテストで悪い結果を出せば後々の僕の命に関わるってことか……。
 これは全力で合格ラインを取りにいかなければならない! でなければ激務が僕を待っている!

 不安を押し殺して意気込む僕に真奈ちゃんが尋ねる。

「颯ちゃんって料理出来るの?」

「うん、一応ね。僕の親は共働きで夜遅くまで家にいない日もあったりして、妹に料理を作ったりしてたから、ある程度料理の基本は熟知してるつもりだよ」

「そ、そう……」

 ん? どうしたのかな?
 僕の返答を聞いた後、真奈ちゃんは僕から顔を逸らして悔しそうに歯噛みし始めたけど。

「そう言えば魔王様。今日お作りした弁当の味はどうでしたか? 魔王様のご注文ど――――――」

「わあああ! わああああ! わああああ! なんでこのタイミングでそれを聞くのかな!? 悪意ある言葉だと受け取っていいのかな!? クラーク!」

 クラークさんが何やら言っている最中だったけど、調理場全体に響き渡る真奈ちゃんの叫びに掻き消され、僕の耳まで届かなかった。
 鬼の形相を向けられ肩を掴まれるクラークさんは、冷や汗を流しながらぶんぶんと首を横に振っている。
 いきなりの大声で僕だけじゃなく、他の料理人達も一斉に真奈ちゃんの方へと目線を向ける中。
 ぜぇぜぇと息継ぎなしで大声を発して息切れする真奈ちゃんは、ギッと僕を睨みつけると指をさし。

「さぁあ、さっさと料理テストを開始するよ! 制限時間は30分! 食材と調理器具はこの調理場にある物ならなんでも使用可能! 怪我や火傷はしないように! 開始!」

 何故か真奈ちゃんが仕切り始めたことで料理テストが開始する。
 僕はクラークさんから渡された調理道具から包丁を取り出し、食材が収納されてる木箱の中を見る。

「……魔界の食べ物ってどんなのかなって少しビクビクしてたけど、思っていた以上に人間界と同じ食材なんだね……」

 食材が入っていた木箱の中身は、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ……etc.
 数々の野菜が入っており、形は人間界と同じ物だった。恐らく味も同じだと思う。
 次に僕の目に入ったのは調理場の壁沿いに並べられている冷蔵庫らしき置物。

「これは冷蔵庫だよね?」

「そうだよ。けど、人間界の電気を使って動くのとは違い、これは魔力を動力として動いているんだ。性能は殆ど人間界のと同じだから、中には新鮮な物が入っているよ」

 真奈ちゃんの説明を聞いて、業務用なのか2メートルは超える冷蔵庫を開いて中を確認する。
 冷蔵庫には種類が豊富な卵だったり、豚肉、牛肉、鶏肉、ベーコンだったりと沢山収納されていた。

 僕は肉、野菜などの食材を見て、頭の中で何の料理を作るか模索する。
 元々僕が作れる料理のレパートリーはお世辞にも豊富ではない。

「あまり捻りはないけど、この食材たちなら無難にあれを作るか」

 冷蔵庫からベーコンと卵を取り、木箱から深ネギ、ニンジン等の適当な野菜を出して調理台に並べる。
 僕が何を作るのか聞かず、固唾を呑んで見守る調理場にいる人達。

 ――――えっと……最初は下ごしらえで野菜から切って……。

 取り出した食材を調理できる様に包丁で刻み、卵は割ってとぐ。
 全ての食材の下ごしらえを終えてから、刻まれた野菜や肉、卵はボールに入れる。
 調理棚からフライパンを取り出してコンロに乗せる。

「えっと火はっと……って、なんですかこの形は?」

 僕の知っているコンロのスイッチは、ボタンを押したり、捻ったりするタイプだけど。
 このコンロのスイッチは、T字の木の棒が刺さったタイプだった。
 ――――これを引けば火が点くのかな?
 そう思って何度も引っ張るけど火は点かなかった。慌ててクラークさんが近寄って、

「多分貯蓄された魔力が切れで火が点かないんだと思うんだな。直ぐに補充するから待っててな」

 そう言ってクラークさんは目配せで料理人の一人に指示を出すと。指示された人は部屋の片隅に設置されてる仰々しい巨大な電気炉へと早足で向かう。
 暫くして遠くから「補充終わりました!」と合図を出されると、クラークさんは頷き。

「もう大丈夫だと思うから、スイッチは引っ張ってみな」

 はいと返して言われた通りに木のスイッチを引っ張ると、ボゥと音を鳴らしてコンロに火が点く。
 先刻までは引っ張ってもうんともすんとも言わなかったけど、なんでだろう? 

「この調理室にあるコンロは特別性でな。魔界の一般家庭では今だガスとかを使用するけど、ここのはあらかじめ魔力を貯めて、使用したい時に先刻みたいにレバーを引っ張ると火が点く様になってるんだな」

「へえー? なんかエコですね。ガスとかを使わずに火を起こすなんて」

「そうだな。魔力は空気の様に体内に取り込めるから資源の節約にもなるし無限だ。だから魔王城の財政にも響かず資金の節約にもなるからな。だからもし魔力が切れてる場合はいつでも他の奴に言ってくれな」
 
 ケラケラと笑いながら後ろに下がるクラークさん。
 僕は再び調理の方へと目を向けて、火で熱したフライパンに油を投入する。
 油が十分に温まると、食材たちをフライパンの中へと投入する。 
 炊飯器からご飯も取り出し、同じくフライパンに投入。

 刻まれた食材を強火で炒め、自画自賛だけど慣れた手つきでフライパンを振って満遍なく食材に火を通すと、調味料で味付け、更にフライパンを振る、

「完成しました。僕が出す料理はチャーハンです」

 フライパンのチャーハンをおたまですくって皿に丸く盛り付けてから、真奈ちゃんとクラークさんの前に二人分のチャーハンを配膳する。
 僕の出したチャーハンを、真奈ちゃんはまじまじと見て一言、

「一見して普通のチャーハンだね。素材も見た目もシンプルで、特に変わった様子もない普通なチャーハン……」

 もっと変わり種を期待したいたのか少しガッカリ様子な真奈ちゃん。
 
「颯太君はなんでチャーハンをチョイスしたのかな?」

「僕は普通なんですが、妹が大のチャーハン好きでして、よくご飯を作る時にチャーハン作れチャーハン作れて強請られてましたから。その名残でしょうかね?」

 ふーんとさして興味を示さなかったクラークさんは再びチャーハンへと目を向ける。
 真奈ちゃんとクラークさんはスプーンで丸に盛ったチャーハンを崩すして口に運ぶ 
 すると、

『んんん!?』

 チャーハンを口にした二人は目を大きく見開き声を張り上げた。
 え、もしかして料理不味かった? それとも、僕の作ったチャーハンが絶品だったことに驚いてるのかな?
 自分で言っててなんだけど、今回作ったチャーハン。あれは少し会心の出来だと思うんだけどな。
 
 と、心の中で自画自賛する僕の期待を打ち砕く様に、二人は口を揃えて言った。

『うん、普通だ』

 分かってたよ! コンチクショウ!
 知ってたもんね! 僕にそんな人を驚かせる程の料理スキルを持ち合わせてないって!

 床に両手を付いて項垂れる僕に、二人は追い打ちをかける感じでチャーハンを口に運びながら審査する。

「味もこれといって上手い不味いはなくて、|普通《・ ・》の味のチャーハンだ。料理に人間性は表れるんだね」

「触感もパラパラってわけでもないし、逆にベチャベチャってわけでもなく、|普通《・ ・》の触感だ。匂いも普通だしな」

 グサッと胸を突き刺す普通って言葉。
 僕のチャーハンを審査する二人に続いて、自分にも食べされてくださいと他の料理人達も僕のチャーハンを摘まんでいく。

「確かに、これといって味は普通ですね」

「本当だ。可もなく不可もない、普通の味だね」

「ここまで普通なら、逆にとびっきり不味い方がネタ的になってたのに残念だ」

 本当だよ。ここまで普通って僕にとっては酷評を言われるのなら、叫びたてる程に不味い料理を作ればよかったと逆に後悔だよ。
 てか、皆、僕の露骨に落ち込む有様を見てほしい。これ以上言ったら本気で泣くよ?

 皆の酷評で心を抉られた僕の肩を、クラークさんは優しく叩き、

「うん、まぁ、あれだな……。味は普通だったとしても、不味くはないから及第点ってことで……。これから一緒に調理上達を目標に頑張ろう、な?」

 なんでだろう……。その優しさが辛い……。
 僕がクラークさんの哀れみに近い励ましを受けている頃。
 なんだかんだで僕が作ったチャーハンを完食した真奈ちゃんは口元の油をナプキンで拭き。

「確かに味の方は普通だったけど、これは貶しとかじゃなくて褒めているって方向で捉えてね。……どっかの誰かさんは料理が作れないのに作れる体を装ってるんだから……」

 途中からぶつぶつと小言になって聞こえなかったけど、一応は褒めてはくれたようだ。

 ――――うーん。けど、普通って言われるままは嫌だからな……。

 と頭を悩ます僕はふとある事を思い付く。

「そうだ! ねえ真奈ちゃん!」

 僕に呼ばれて、ぶつぶつと顔を俯かしていた真奈ちゃんがこちらに顔を向ける。

「真奈ちゃんって随時魔王の仕事があったりして時間がないのかな?」

「ううん。魔王でも休みはしっかりあるよ。それがどうしたの?」

 魔王でも休みの日はあるのか、これ幸いだ!

「それだったらさ。僕に料理のいろはを教えてくれないかな? 料理が上手くなる様な、料理の技術を」

「うげぇ!?」

 僕の頼みに、驚愕して身じろぎあわあわと目を泳がし始める真奈ちゃん。
 あれ? 都合でも悪いのかな?

「な、なんで、わ、私に料理を教わりたいのかな……?」

「え? だって、真奈ちゃんって料理が上手いじゃん。僕に昼休みにいつも弁当を作って来てくれたりしてたしね。何度も食べてるから真奈ちゃんが料理上手なのは知ってるし」

 真奈ちゃんの作る弁当は毎日絶品だから、真奈ちゃんの料理の腕をよく知っている。
 あまり人から教わるのは好きじゃないけど、真奈ちゃんに教わるなら苦もない。

 けど、何故か真奈ちゃんは汗を流して目を縦横無尽に動かし、「いや……あれは、その……」と歯切れの悪い言葉を囁いており。

「魔王様……それはいったうぐっ!」

 何やらクラークさんが言いかけてたけど、目にも止まらぬ早業で真奈ちゃんがクラークさんの口に野菜で塞ぎなんでか阻止している。
 どうしたんだろ?
 そして頬と目元を引き攣らせながら、必死に作った様な笑みを浮かばし、コクコクと頷き。

「うん、分かった。け、けど、魔王の仕事が休みだからって休息は取りたいし、いつかは教えてあげるから、その時は言うから待ってて」

「う、うん、分かった」

 笑顔の中に妙な威圧を感じて思わず頷き返す僕。
 なんとも腑に落ちないけど、確かに魔王の仕事が休みだからって貴重な休みの時に練習に付き合わすのも悪いよね。
 ……けど、僕が真奈ちゃんから目線を外そうとした一瞬、額の汗を袖で拭い安堵する真奈ちゃんの姿が見えたけど、なんだか怪しいな……。

 これで一旦料理テストが終わったという事で、僕は緊張が解けたのか少し尿意が近くなり。

「ご、ごめんだけど。お手洗いってどこにあるのかな?」

「お手洗いだったら調理場を出て左を突き進んだ先の方にあるよ。男女の分別は人間界と同じだから、間違って女性用に入らないようにね。もし覗く場合なら気づかれないように」

「覗かないよ! 僕をどんな変態野郎だと思ってるのさ!」

 真奈ちゃんに茶化す口調で言われ、ムキに返事した僕は調理場を出る。
 えっと……調理場を出て左を突き進んだ所……って、先が暗くて見えないんだけど!? どんだけ長いんだよこの廊下!

 限界が訪れる前に少し早足でお手洗いに向おうとした矢先――――

「魔王様……颯太君が言ったこと、あれはどういうことですかな?」

「止めて! その人を蔑む様な目を向けないで! 一応私魔王でクラークの上司なんだよ!?」

「いーえ。これは魔王様であっても聞き捨てならない案件ですな。いつ、誰が、あの弁当を作ったですってな?」

「いや、だって……だって……。だって彼は私の事、なんでもそつなくこなせる完璧な彼女だと思ってるんだもおおおおおおおおおん!」

 後方から微かに聞こえる真奈ちゃんの叫び。
 微かに聞こえた程度だから話の内容までは分からないけど、ここまで真奈ちゃんを叫ばすとはただ事ではないのだろう。
 ……調理場に帰ってもその事に触れないでおこう。触らぬ神に祟りなして言うしね。
 

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