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者どもに示す覚悟

 部屋が夜闇に覆われようとしているところ、タクトは部屋の隅に背をもたれて片膝を立てていた。ぼうっと見つめる目の先にあるのは眠っているサチ姉とその向こうで冷たくなっている母親だった。母親は動かなくなった瞬間の姿勢をまだ保っていた。タクトたちを監視していた連中の気味の悪い視線は微々たるものとなっていた。
 タクトはアヤメの手を握りしめていた。タクトの隣に正座したアヤメがタクトの手に自らの手を添えていたのが、いつしかタクトがアヤメの手を求める形となっていた。ひんやりと冷たいアヤメの手がタクトには心強く感じられた。タクトの支えになるのはもはやアヤメだけだった。サチ姉は祟りに飲み込まれこそしなかったけれども、かなり体は弱っているはずで、余計な事柄で疲れさせたくはない。アヤメは、タクトが自由に話せるただひとりだった。
 アヤメ様、と言う声はひとり言のように小さかった。
「身内だからこそ、問題はややこしいんです。俺と母親の関係は、修復できないほどに壊れていたのですから、直しようがなかったんです」
「タクト様にも呪詛を避ける道筋が考えられなかった、ということでありましょうか」
「それは違います。呪詛と問題解決は別の問題です」
「ならどうして、呪詛をあれほどまで嫌うタクト様が母親に対して呪詛を願ったのですか」
「全てをないがしろにして自分のことしか考えていない母親が恨めしく思えたからです。もしかしたら呪詛を避ける道もあったかもしれませんが、道定めをする余裕も気力もありませんでした」
 タクトは結局呪詛に頼ってしまった。呪詛を成就させまいと考えてきたタクトが呪詛を願うとはなんたる皮肉か。いじめられっ子の少年、ヨシワラ、サチ姉、母親、先人たち。タクトは自分のための呪詛を願ってきた人たちと同類に成り下がってしまった。
 タクトにとって母親は憎たらしい相手だったけれども、呪詛で殺したことに対して後悔していないとするのは嘘だった。亡き者にしたあとは不思議なことに、ああすればよかったのではないか、とか、もっと話し合えばよかったのではないか、と冷静な判断がふつふつと湧き上がってきて、タクトをのけもの扱いする理由を聞いていなかったことにはっとした。穏便に解決できる道筋がほのめかされて、タクトはため息をついた。
 これが連中の願っていること、タクトにはそう思えてならなかった。長女が死ぬ祟りなんてのはほんの一例に過ぎない。とにかく、見つめる連中、先人に呪いを実行された人々の願いはタクトやその一族が苦しみ、悲しみ、苦痛の中に身を置くことである。だとすれば、死ぬのはもっとも簡単な手法のひとつであって、本当の意味で連中を慰めるものではなかった。衰弱してゆく姿が連中にとっては喜ばしいことで、だからこそ長女は死ぬのである。衰弱した長女が一家を殺そうと狂うのは、新しい悲劇、つまり連中にとっての喜劇のはじまりだ。狂った長女を殺すのが親と兄弟の定めとしているのは、その呵責が連中にとっての喜劇だから。知らず知らずのうちに、連中の一族に対する呪詛はそう差し向けていた。
 タクトはアヤメの手を引っ張って、体勢の崩れたところを受け止めた。抱き合う神とその代理人という構図は連中にとってはしゃくにさわるかもしれなかったけれども、タクトにとっては覚悟の表れだった。本当の意味で祟りに立ち向かう。アヤメと一緒になって、積年の恨みに贖ってゆく。
 タクトの予感とは裏腹に、連中の睨みつける目は強くならなかった。音ひとつしない闇に眠るサチ姉は、安らかな表情を浮かべていた。

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