強欲の作戦
異世界生活三日目。
この魔獣に名前をつけてみることにした。
魔獣なのか、犬っころなのかは微妙なラインだが。
ミント……ときたら何か香辛料がいいなぁ。
「呼びましたか!?」
呼んでもないのに来たのは。
朝の準備らしきものをしっかりとして制服を来て出てきたミントであった。
「いや、この魔獣の名前をつけてあげようと思って」
「意外と可愛いところあるんですね、強欲なくせに」
「いいだろ別に」
ミントのからかい上手には感服だ。
「じ、じゃあ、ショコラとかどうですか?」
「あぁ。いいわそれ」
そうしよう。そう思ったのだが。
「いいや、やっぱり上腕二頭筋にしましょう」
「えぇ……」
結局、この魔獣はシャルルという名前になった。
「では、い、行ってきますね」
ミントは手を振って郵便局に駆けていった。
そんな彼女はいつもより少し挙動不審に見えた。
顔も赤く見えたのだ。気のせいか。
さて、俺は。
とりあえず適当にマントと適当な服、動きやすそうなズボンそして帽子を買ってきた。
パーカーは灰色で目立ちにくい。シャツはカメラの柄があるだけだ。ズボンは動きやすそうなパンツだ。
帽子はキャップを買って、あとは大きなショルダーバッグ、腰に巻くタイプのバッグ、そして肩に取り付けられるバッグを買ってきた。
どうしてそんなにバッグを買ったのか。
それは、資材をいつでも集められる、そして使えるように、だ。
鉄や銀、それにプラスチックにガラス。鉛なども持ってきた。
「へい、いらっしゃい!」
「すみません、前予約しておいたのをお願いします」
「あいよ。……それにしてもお兄ちゃん、勇者の為にもようやるねぇ」
「いえ……個人的に人を殺すのに抵抗はありませんし、手を汚すのはやつがれ1人で充分です」
科学用品の店に寄った。
「そうかい……お兄ちゃん、いや、結羅君。本当に管理できるかい?」
「えぇ。見ててください」
俺は左手でその液体が入ったビンを握ると、その液体は個体化した。
「……結羅君。気をつけてな。自分の力を過信しすぎない事だ」
「分かりました」
おやっさんの言う通りだ。
俺は自分の力を過信していた。
その余裕が死を迎える結果になってしまうかもしれないのに。
俺は水銀と二酸化炭素、そしてヒ素、トウゴマの種を100粒買ってきた。
水銀は普通の水銀ではない。
異世界だからなんでも売っている、というのは助かる。
<ジメチル水銀>だ──
0.001mgでも摂取すると終わりだ。
それにその水銀は非常に蒸発しやすいため、そのビンをそこら辺に転がらせておけば、街一つは容易に滅ぼせるであろう。
そういった問題もあるので、俺は形状変化と状態変化を使って、水銀を個体まで追い上げた。
マイナス39度位まで下げて個体化した。
俺はどうやら個体化、液体化、気体化させた物質の温度をそのままにしておくことも可能らしい。
なのでジメチル水銀はマイナス40度のままにしておき、蒸発する恐れがないようにしている。
二酸化炭素は個体化してドライアイスにし、ビンやプラスチックの中に入れることで即席の爆弾を作るためだ。
ヒ素は農薬を還元させてヒ素だけ取り出したものだ。
直接的には殺せないが、食事等に混ぜておけばいい。
何かしらで使う機会もあるかもしれないので、持っておくことにした。
そして、これから最も使うであろう毒素がトウゴマの種に含まれているリシンだ。
トウゴマの種5つ分のリシンが致死量らしい。
俺は100粒のトウゴマをすべて潰し、状態変化で還元させてリシンのみ取り出し、ビンに入れた。
そういった毒素などの化学物質が入っているのが腰に巻くタイプのバッグ。念のため、ガスマスクも紐にかけてある。失敗した時、いつでもつけて身の安全を確保するためだ。
食料や衣服、生活用品、そして資材を入れたのがショルダーバッグ、肩のポーチは使わなかった。
ショルダーバッグがかなり大きいせいで色々と入った。
俺は勇者をこれから殺しに行く、という訳にもいかないのだ。
勇者に派遣されたのだ。
東の国、トウゲンを我がものとしてこい。
それが俺に下された命令であった。
無茶すぎる命令だ。
ひとりで行くのだもの。
俺は全ての準備が整い、郵便局へと行く。
勇者は母想いなので、仕送りにとお金を渡すらしい。
そのお金を入った封筒を郵便局まで行って届けてこい、といった内容であった。
郵便局に行くと。
「ありがとうございます!」
というミントの快活な声が聞こえた。
老人達の癒しのような感じだ。
「あれ、結羅さん。どうしましたか?」
ミントに声をかけられた。
「あ、この郵便物をお願い」
「あ……うん、待っててください」
一切目を合わせようとしないミントなのだが、俺と郵便物を渡す時に目が合うとミントは少しだけ、ほんの少しだけ動きが止まったのであった。
俺、メデューサなんかじゃないはずなのになぁ。
「あ、ありがとね! 今日もよ、よろしく!」
「うん……」
次、ミントと会う時には俺は薄汚れている。
血でまみれ、たくさんの人々に恨まれ。
そんな血塗れの手でこんなに何一つ汚れのない女の子と接していいのか。
金も、名誉も、地位も、女も、食料も、能力も、愛も欲しかったのに。
ほんの一瞬だけ。
何もいらない。
この子さえ居ればなにもいらない、と思ってしまう自分がいるのだった──
「……どこいくの?」
「どわーっ!」
深夜、誰にも気付かれずに小屋を出たその瞬間、ミントが待ち構えていた。
ツインテールではなく、寝やすい感じに全て結ばずにしている。
天然パーマがかかっているが、そこまで、というかむしろ綺麗にパーマがかかっていて可愛らしかった。
「えっ……と、ちょっと隣の街まで散歩に」
「そんなに荷物パンパンで?」
「……」
どう言い訳しよう。
この女の子は俺の物にしたい。
が。
俺の物にしたいが故にこの話はしたくないのだ。
戦争を終わらせると同時に、トウゲンを滅ぼし、自分のものとするだなんて、言えない。
「しってるよ」
下を向いていた顔をあげると。
ミントは尻をついて座っていた。
「知ってるよ、あなたが東の国に行って国を滅ぼすこと。死地に出ること。勇者様から聞いたよ」
「知ってるのか……」
さらに下を向いてしまった俺の顔をぐっとミントは持ち上げ、こう言った。
「あなたがどうなっても、私はそれを受け入れてあげる。どんなに鬱になっても、殺人鬼になっても、私はそれを受け入れ、元に戻してあげるから」
「……!」
一筋の涙が伝った。
俺もそうなのだが、ミントもだ。
「強気で、行ってきてください」