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012

 ギルドでドタバタした昨日、そしてあたしはジルの家に厄介になることが決まりました。
 宿屋に泊まるお金はないし、ジルに押し切られた形です。
 でも聞いて!
 ジルの家、おっきい。
 しかもここ、別荘扱いなんですって。
 ジルは本当にお金持ちでした。

「ユウナ様ー、飲み物ここに置いておきますね」
「あ、ありがとうございます」

 小間使い君がニコニコとしながら飲み物を持ってきてくれた。

 そして聞いて!
 獣人さんが居るの。
 しかも2人も。

 あたしは一纏めで『獣人』と言っているけれど、厳密に言えば違う。
 人間の容姿に耳や尻尾が生えているだけの『獣人』は『半獣人』と言う。
 獣が2本脚で歩いたり、しゃべるのが本来の『獣人』である。
 半獣人は人間の血が濃くて、獣人より身体能力が劣るらしい。
 それでも人間から比べたら高い、とは聞いた。
 獣人はその更に上を行くらしいです。

 ただ、『半獣人』は括る範囲が広すぎて結構曖昧である。
 猫っぽい顔つきの人も『半獣人』、ネコミミと尻尾が生えただけの人も『半獣人』だと言うのだ。
 あたしにとったらどっちが上でも、獣人でも半獣人でもいいからモフらせてと思うばかりだ。

 で、ジルの家……いや、屋敷だなこれは。
 この屋敷に居るのは主人であるジル。
 そして小間使いのネコ君、名前はキール。
 小柄で身のこなしが素早い半獣人だ。
 そしてメイドのキャシーさん。
 キール君のお姉さんで、踝まである長いメイド服を着ている。
 2人ともミミと尻尾が生えている。
 人間の耳がある場所には何もなかった。
 尻尾も隠されていて、あたしはしょんぼりである。
 でも、あたしより小さめの2人がちょこちょこと仕事をしている姿を見ていると、なんだかほんわかする。
 めっちゃ可愛い。

 ジルがいない時は二人でこの家を守っているらしい。
 結界があるから家の維持管理が主な仕事だって言ってたけど、それにしても寂しい。
 この大きな屋敷に2人だけとか。
 寂しくてあたしなら無理だな。
 掃除も大変そうだし!
 で、ジルになんでこんな大きな屋敷を買ったのか聞いたら……物が増えても問題ないでしょ?だって。
 ついでに実験部屋も欲しかったとか。
 金持ちめ!

 あたしが借りることになった客室も、広かった。
 お風呂もトイレもついてたよ。
 こんな広い部屋じゃなくていい、と言ったらこのサイズしかないと言われて微妙な気持ちになりました。
 ただ、人を泊めるということが少ない(皆無)らしく、ベッドしかなかったよ!
 今キャシーさんが色々買いに行ってる。
 数日泊めてもらうぐらいだけだから別にいらない、って言ったんだけどね?
 女性にはドレッサーがだとか、せめてテーブルと椅子がとか、女性用の日用品がとか……何かふんすふんすと鼻息も荒く押し切られました。
 ここの主従は押しが強すぎないか?
 ジルもそうだね、頼むよ、と言ってキャシーさんを送り出していた。
 キール君はニコニコと手を振って見送ってました。
 あたしに味方がいないぞ、この屋敷……。

 それはおいといて、話に戻ろうか。
 あたしは今、ジルの屋敷の中にある書庫に居る。
 この書庫にある本は、ジルが集めたものだそうだ。
 高い天井までの棚にびっしりと本が収められている。
 ジルはなんと、とても有名な魔術師らしい。
 ギルドで変人って言われてたけど、あんまり他人に興味が沸かなくて引きこもったりしてるせいってメイドさんが言ってた。
 で、この2人、ジルが拾ったんだって。
 親を亡くして死にそうになってた所で、ジルには感謝してるって言ってた。
 まあ……あたしみたいな不審者を拾ってくれたジルだもんね。
 なんだかんだ優しい人だってことは、あたしにもわかる。

「調べたいことあるんじゃなかったの?」
「ふぉ!?」

 しみじみしてた所に急に聞こえた声に、びくっと体が揺れてしまった。
 いつの間にかジルがいる。
 ローブ姿じゃなくて普通にワイシャツとスラックスみたいなズボン姿だ。
 ……イケメソって何着ててもイケメソなんだなぁと、昨日の晩御飯の時も思ったけど今も思う。
 この見た目なら女性関係も不自由してなさそ……いや、興味なさそうだな、うん。

「何を調べに来たの」
「ああ、そうだった」

 ついつい違うことに意識を奪われてたけど、それは後にしないと。
 魔術師らしく、ここには色んな魔術の本があった。

「初心者用の魔術の本が見たくて」
「ああ、それならこっちにあるよ」

 ジルは奥の本棚に向かうと一冊の本を手に戻って来た。

「ありがとう」

 渡される本に礼を言って、キール君が飲み物を置いていったテーブルに向かう。
 そして傍にあるソファーに腰掛けて、渡された本を捲ってみる。
 ……うん、読める。
 魔術を使うには自分に魔力があるか知らないといけないけれど、チート設定だから大丈夫だろうと思っている。
 だから魔術についてだけ調べに来たのだ。

 この世界では魔術は身近にあるものらしい。
 魔法陣を組み込んだ道具は生活の一部になっていて、この部屋の灯りは光魔法を組み込んだ石を使っているとのこと。
 魔法陣を組み込んだ道具を魔導具(マジックアイテム)というらしい。
 台所だと竈に火を起こす魔導具、水を出す魔導具がある。
 だが魔導具に魔力を込めないと使えない為、魔力を持たない人はお金を払っているらしい。
 その為魔導具を使う家庭は、どちらかといえば裕福な家庭になるとか。
 まあ、そこはいっか。

 魔術を使うには自分の中にある魔力を制御して、魔術を創り上げて、放つ。
 基本的に三段階あるらしい。
 想像力と創造力が魔術には必要なようだ。
 想像力なら任しとけ!
 問題は創造力の方だ。
 自分の中で創り上げるとはどういうことだろう。

「どうしたの?」
「ん、へ!?」

 聞こえた声に顔を上げたら、すぐそこにイケメソがいてビックリした。
 いつの間にか隣に座ってたジルが顔を寄せて一緒に本を見ていたらしいのだが、その近さでこっちを見てきたもんだから近い。
 ビックリして思わず仰け反ってしまった。

「何」
「ご、ごめ……近かったからビックリした……」

 イケメソは心臓に悪い。
 口から心臓出ちゃうよ。
 こほん、と咳を一つして、ちょっとジルとの距離を取る。
 そしてあたしとジルの間に本を置いて指を指す。

「この創造力がちょっとどんなものかな、って思って」
「……体の中で魔力を練り上げるんだよ」
「だから、それがわかんないんだって」

 ちょっとむっとするジルをむっと睨み付ける。
 何でそんな顔されなきゃいけないんだ。

「こうして……魔力を練り上げて、放つ」

 ジルは人差し指を立てるとその指に光を灯す。
 ……コイツ感覚派だ!
 説明しようにも感覚が強すぎて出来ない人だ。
 理論で教えることが出来ないんじゃあ盗むしかない。
 あ、盗むってあれよ、別に物理的な話じゃないからね?

「もう一回やって!」
「だから、こうやって……」

 あたしはジルが魔術を使う姿を観察する。
 ジルの魔力の動きを。
 ぶっちゃけあたしも頭がいい訳じゃないから、見せてくれた方が助かる。
 真似すればいいからね。

「もう一回」

 ジルの魔力の動きをなぞる様に自分の魔力を練り上げる。
 練り上げて、放つ。

「……」
「……」

 光った。
 あたしが。
 後光が射す神様的な姿を想像してほしい。
 あたしの全身が光った。

「……ぶふっ」
「ちょ、何で笑うの!?」

 ジルに笑われて顔が熱くなる。
 制御が甘くなってしまって、光も揺れて消えてしまった。
 恥ずかしい!

「まさか(ライトニング)で全身光らせるなんて」
「こ、これはちょっとあれなだけで失敗じゃないし!」
「ぶふ」
「も、笑うな!」

 口元を掌で覆って、背中を丸めて蹲るようにして笑うジルの背中を、べしべし叩いてやる。
 くそ、このやろう。
 放つってとこは失敗したけど練り上げるとこは出来たからまあ良しとしよう。
 火とかも一回見せてもらう方が安心かもしれない。
 攻撃は失敗した時が怖いからね!
 しっかり使えるようになるまでは、練習あるのみ!
 拳を握り締めて決意をするあたしの横で、ジルがぷるぷる震えている……。

「……いつまで笑ってんのよ!」

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