011
規約書は簡潔にしか書かれていないので、すぐ読み終わってしまった。
そしてあたしは暇になった……。
「おじょーちゃんに冒険者なんて出来んのかぁ?」
と思ったら、どこからか聞こえた声に顔を上げる。
ニヤニヤとあたしの前で笑う男達が映って『何だ、このおっさん達』と一瞬思ったが、次いではっとなる。
これが初心者の洗礼か!
テンプレな展開に不謹慎というのか不似合いというのか、なんと言えばいいかわからないけど、ちょびっとだけ感動した。
かと言ってよくある『俺TUEEEE』は出来ないだろうから、その男達をとりあえずじっと見てみる。
年齢は多分あたしよりちょっと上ぐらい……なんだろうけど、小汚い。
ボサボサの髪にヒゲ、着ているモノも綺麗にしてるのかと疑うぐらいだ。
だから一瞬おっさんかと思った。
ふと、手にある紙に目を落とすとランクという文字が見えて確認してみる。
低い方からF、最高ランクがトリプルS。
そしてもう一度男達を見てみる。
その男の頭の横にとある名前とランクDと浮かんでビックリした。
その隣で同じようにニヤニヤしてる男に目を向ける。
やっぱり名前とランクがその男の頭の横に浮かんで来て、表面には出さないように気をつけながらも、内心驚く。
なんだこれ!?
「なんだぁ? びびってんのかぁ?」
「おじょーちゃんにゃ冒険者難しいんじゃねえかぁ? 俺達が色々教えてやろうかぁ?」
男達はあたしを見ながらニヤニヤしている。
……うーん、見えた色々が気になるけど、それよりも男達が気持ち悪いしアホにしか見えない。
そしてめんどくさい。
換金に行っちゃったジルが恋しい。
……ジルは紳士だよなぁ。
こんな訳わからない女にも親切だし。
多分強さもこいつらよりある、んじゃないか?
なのに鼻にかけてないし。
それにイケメンだと思う。
やだ、ここにもテンプレあんじゃない。
今気付いたわ。
なんだかんだ言ってあたしは混乱してたんだなぁ。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ」
ジルとテンプレに意識が行って、すっかり男達のこと忘れてた。
気が付いたら囲まれて見下ろされているではないか。
しかも睨まれてる……何故だ。
「あ、すいません。色々考えてたら返事するの忘れてました」
「はぁ? 俺達が親切に声かけてやってんのに何だその態度」
「すいません、考えることいっぱいでそっち優先してました」
「俺達が一から教えてやるって」
「それはいらないです」
きっぱりはっきり言ったら空気が冷えたのがわかった。
『ノーと言える日本人』は失敗したかな?
でもはっきりしないと面倒な気がしたんだよねぇ……。
はっきりしても面倒になるんだろうけど。
だけど曖昧にして勘違いされるのも困るし、あたしはジルを待ってるんです!
「初心者がナマ言ってんじゃねーぞ」
「ナマっていうか教えてくれる人はもういるんで大丈夫っていう意味ですけど?」
「あの変人にかぁ? あんな奴より俺らの方がもっと色々教えてやれるっつうの」
「だよなぁ、変人に取り入るより俺らといる方がもっと楽しいぜ」
「だから来いよ」
男の1人にいきなり腕を掴まれて肌が粟立つ。
胸がトゥンクとかじゃなく、はっきり言えば気持ち悪い!!
思わず腕を振り払おうとして動きが止まる。
動きが止まったあたしを見て、男達は言うことを聞くと勘違いしたのかニヤリと厭な笑みを浮かべたけれど、振り払うまでもなく腕が解放されることが、あたしにはわかっただけだ。
「あぢゃぢゃ!!」
あたしの腕を掴んだ男の頭が燃えだしたから、である。
「……人間キャンドル」
「僕の連れに何するつもり?」
「ジル!」
頭で燃える火を消そうと慌てふためく男達の隙間をすり抜けて、ジルに駆け寄る。
そうしてジルの隣に立つとそのローブを掴んだ。
「何絡まれてるのさ」
「あっちがしつこかっただけだよ、気持ち悪かった」
「そう」
何か怒ってる。
でもあたし悪くないよ。
悪いのはあっちだし。
そんな意味を込めてジルを見上げる。
あたしを見下ろす目と視線が交わると、ジルの空気が少し柔らかくなった気がした。
「何しやがる!!」
あ、また忘れてた。
憤る男達の方に目を向けた……んだけど、その姿に目を逸らして肩を震わせる。
周囲からも小さく噴き出す音や、笑う気配が伝わってきた。
「……アフロ……」
髪がどうなってそうなったのか、焦げ臭い匂いを放ってる男の頭がアフロになってた。
いや、短さからいったらパンチパーマでもいいかもしれない。
似合わない。
いや、似合ってるでいいのか?
「ぶふっ」
周りでも噴き出す音が増えて、更に笑いが込み上げてくる。
笑っちゃいけない、でも噴き出しそう。
「笑ってんじゃねえ!!」
ちらりと見たアフロが顔を真っ赤にして怒鳴ってるけど、余計笑える。
噴き出さないように口元を押さえるけど指の隙間からぷひゅ、って空気が抜ける音がした。
「このやろぉ……!!」
笑われることに我慢出来なかったのか、アフロがあたしを殴ろうとしたのが見えた。
はぁ?と思ったけど、ジルがあたしの腰を抱いて横に飛んだ。
「あがっ!?」
飛べるスペースがある場所がジルの方で、アフロの拳があたしの方を横切る。
何か癪だったのですれ違いざまに、アフロの顎を思いっきり蹴り上げてやったらアフロが後ろに飛んでひっくり返った。
そのせいで何人か慌てて避けるハメになったけど、すいません。
「ふおー、何だこの人。意味不明」
「ほんとにね。何がしたかったのかな?」
「さあ? あたしもわかんない」
しん、と静まり返るロビーであたしとジルは首を傾げる。
これはあたしもジルも悪くないよね?
「あのぉ……」
どこか困ったように声をかけてくるお姉さんにはっとなる。
規約書にギルド内での喧嘩はご遠慮くださいって書いてあったことを思い出した。
「あ、ここって喧嘩ダメなんじゃ」
「そうなんですよ」
「あわ、すいません」
「いえ、次からは気をつけていただければ」
「はい、次は気をつけます。すいませんでした」
ぺこぺこと頭を下げるあたしにジルがむすっとする。
「ユウナに絡んでたコイツが悪いんじゃない?」
「手……じゃないか、足出しちゃったあたしも悪いでしょ」
「何で? コイツらといる方が良かったの?」
「は? やだよ、気持ち悪い。表に出てからにしとけば良かったってだけだよ? 表に出てからなら怒られないでしょ、ね?」
そう言ってお姉さんに笑いかけたら苦笑いされた。
あたしが言ったのは屁理屈だもんね。
ジルはそれもそうか、と納得してくれた。
結構ジルとは気が合うんじゃないだろうか?
なんか、嬉しい。
と、1人でほんわかしていたけど、何か視線が痛い。
あたしはジルの手を取って、冒険者ギルドをそそくさと後にした。