010
酒場から出たあたしとジルは隣の建物へと移動した。
3階建ての大きな建物で、頑丈そうな両開きの扉があるそこは、冒険者ギルドだ。
扉の上の方にグリフォンの絵が描かれた看板がついている。
グリフォンとは鷲のような鳥の頭に、ライオンのような身体に翼が生えていて、尻尾が蛇な空想の生き物だ。
まあ、ここが『リベラーレ・オンライン』ならば、いずれ戦うことのある現実の生き物……というか魔物になる。
そうして看板に描かれたグリフォンを見て、やっぱり似てるなぁ、とぼんやりと思う。
後ろ脚だけで立ち上がったような姿のグリフォンのマークは、『リベラーレ・オンライン』でも使われていたマークだ。
「行くよ」
「あ、はーい」
ジルの後ろについてギルドの中に入れば人が沢山いた。
入り口正面にはカウターがあって、そこに受付の人が何人か座った状態で冒険者と会話している。
仕切りはないけれど、一定の距離を置いてお姉さんにお兄さん、たまにおばさんがそれぞれ仕事をしているようだ。
その後ろにもギルドの職員と言えばいいのか、人が書類や何かを持ってあっちへ小走り、こっちへ小走りと忙しそうにしている。
カウンターから手前には、ゴツい鎧姿の人や軽装の人、尻尾がチラ見したりしている。
左側には順番待ちしているのか、いくつもの椅子が並んでいて、そこにも人が座っている。
右側には大きなボードが立てられていて、そこに何枚もの紙が貼り出されている。
ゲームだったら、このクエストボードを調べることでクエストを受注出来たものだけど……どうなのかな?
ほわー、と口を開いた間抜けヅラのままギルド内を見回していたあたしの手を引いて、ジルが受付へと向かう。
人でごった返していたそこに、道が出来る。
ざーっと人がね、避けるんですよ……。
皆こっちを見つめたまま、そう……まるで腫れ物扱いってやつ?
あたしは格好が微妙なだけで何もしてないから、これってジルのせい……なのかもしれない。
え、もしかしてジルって危ないヤツなのか?
でもここまで親切だったしなぁ……なんだろ、ほんと。
…………怒ったら怖いとか?
もしかして身分の高い人だったり?
そこまで考えたけど、そんなことより周囲の目が気になり過ぎる!
好意的な視線がほぼ感じられないんだもん。
手近に縋れるのはジルだけだ。
繋がれた手をきゅっと握り外れないように、そんな素振りを見せたなら即掴んでやると意気込んでじぃっとその手を見つめる。
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドへようこそ!」
受け付けのお姉さんの元気な声にはっと顔を上げ、そちらに顔を向ける。
受け付けに座っていたのはあたしより少し年上かな?ってぐらいの活発そうなお姉さんだった。
ジルに手を引かれ、お姉さんの正面に立たされる。
「この子の冒険者登録をしてもらえる?」
「かしこまりました。それでは書類に記入をお願い致します」
にっこりと微笑んだお姉さんは、カウンターから紙を取り出して乗せた。
それを覗くとギルド登録書と書かれている。
ボールペンは?とカウンターの上に目を滑らせれば、お姉さんが羽ペンの刺さった小さなインク瓶を取り出しておいた。
「もし文字が書けなければお伺いいたします」
「あ……えー……書いてみます」
お姉さんの好意を蹴ってしまったが、とりあえず書いてみようと羽ペンに手を伸ばす。
そうしていくつかある項目を確認し、ペンを滑らせる。
さらさらさらりーん。
凄い。
日本語じゃない。
自分で文字を書いたのに、日本語じゃない文字になった。
ビックリするわこれ。
まあ、問題なく文字が書けたから良しとするか。
「書けました」
「はい、確認させていただきます」
お姉さんが紙に目を通すけど、項目は名前、種族、年齢の3つだ。
他は特記事項というか、売り込み的なことを書くみたいで、あたしはそこは無記入にした。
実際書く事はないからね。
「はい、ありがとうございます。ではこちらに手を置いていただけますか?」
お姉さんの確認も早かった。
そうして手で指し示されたのは、バスケットボールサイズの水晶だった。
ガラスのように透けたりはしていない、ツルッツルの水晶だ。
それがカウンターから数センチ浮いている。
どうやって浮かせているのだろう?
化学なのか、魔法なのか。
疑問はあるけれど、大人しくその水晶に手を置く。
するとほんのりとその水晶が光り、お姉さんが隙間にカードを差し込む。
ちょうど水晶の真下、だ。
「はい、ありがとうございました」
ぱぁっと一瞬カードと水晶が光ると、それで終わりらしい。
お姉さんが1度目を通して、そしてカードがあたしへと差し出される。
ジルのカードと似ているものだった。
違いは縁を飾る模様がない、至ってシンプルなデザインのカードだということだろうか。
「こちらが規約になりますので、後程で構いません。目を通しておいてくださいね」
「あ、はい」
「それでは、これからのご活躍を期待しております」
手渡された紙には、カードの簡単な説明と、ギルドの規約が書かれていて、何故か罰金や罰則だけが太字のデカデカな文字で書かれていた。
何故もくそもないか。
「ユウナ、僕換金してくるから」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
ジルは一声かけて、更に奥の部屋へと移動した。
それを見送りあたしは邪魔にならないように並ぶ椅子の方へと移動する。
そうして椅子に腰掛けて、規約の紙にじっくりと目を通すことにした。
ギルドに所属することで、ギルド運営の宿屋や食堂では割引きサービスがある、だとか、ランクが上がると指名があるかもしれない、だとか、緊急クエストは低ランクは希望制、高ランクは強制のものがある、だとかそういう至って普通のことが書かれていた。
ランクはSSS(トリプルエス)が最高ランクで、Fが最低ランクだそうだ。
あたしは勿論Fだ。
そうなるとジルのランクは見た限りSなのだと思う。
カードを見せて貰った時に見えたのは銀色のSだったから。
そうしてカードには他に数字が書かれている。
あたしは3だ。
これはレベルらしい。
最高レベルがいくつかは知らないけれど、森で狼を倒したことであたしのレベルは3になった、ということでいいのだろう。
そして罰金、罰則についてだけど、こちらは犯罪的なことをすると適応されるとのことだ。
詐欺、暴行、殺人などだ。
といってもそれらは犯罪者相手には適応されない。
一般人だったり、冒険者仲間だったりにそういうことをするとダメだよ、ってやつだ。
ま、当たり前だね。