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第1話 鉱石の噂

  ある大陸にある、ある国のある辺境。

深い緑に森に囲まれた道を二頭曳きの馬車が駆ける。

「さぁ!ノーブルには久しぶりの我が家ね」

「…はい、母上」

馬車の中で響くのは明るい女性の声と声変わりを始めた少年の掠れた声。

少年は馬車の窓に映る森の緑に赤色がチラチラと見え出すと溜息を吐いた。

赤色の正体は赤い煉瓦を惜しみなく使い建てられた高い塀の壁。
歴史を感じさせる長いツル植物が我がもの顔で壁に寄生し、錆びた鉄格子の門がそびえ立つその場所は人気の無さを感じさせる。

鉄格子の門の奥には庭園があり、中央には塀と同じように赤色の煉瓦で建てられた二階建ての大きな屋敷。

屋敷のある敷地の全貌は謎。庭園を囲む森が原因だ。
屋敷から離れた村に住んでいる狩人ですらお手上げという噂もある森の深さは一言で言うと不気味である。

そんな不気味な森に囲まれた門前にガタゴトと音を立てて馬車が止まる。

御者が一声掛けると、馬車から革鎧が張り裂けんばかりの筋肉隆々な白髪の老兵士がドスンと降りる。

それに続いて銀色の髪を揺らす大人の女性が降りる。女性は馬車に振り向いて両手を広げる。

「ノーブル!さぁ、いらっしゃい!」

女性は張りのある元気な声に応えて馬車から顔を出す少年。

年一桁なのは明らかで、焚き木の燃えカスを思わせる灰色の髪が印象的である。

何故か薄汚れた黒い革の包みを大事そうに抱えており、高貴な身分だと一目で分かる赤い礼装とマントとは分不相応であった。

「母上…僕は1人で降りられます。どいてください」

未熟な少年とは思えない力のある声に老兵士に御者の老人、門前の若い兵士は感慨深げな目を向ける。

「あら?…ごめんなさいね、4年も離れたせいかノーブルの成長がまだまだ実感できないみたいね私ったら」

女性の表情が曇ると少年は苦笑する。

「4年ですか、母上…何度目か分かりませんが…ご心配お掛けして申し訳ありません…」

「!…ううん…いいのよノーブル!むしろ謝るのは私たちの方なんだから」

「しかし…」

「ふふ、貴方が丁寧な言葉遣いを覚えたのは嬉しいけど、他人行儀みたいでお母さん少し悲しいわ…」

ハンカチを目元に当て泣いたフリをする女性に首を傾げる少年。

「そうですか?」

「あの方の下にいたせいかしら?その調子だとグリスもジャンテも反応に困っちゃうわよ?」

「うぐっ…た、確かにあの方に似てるかも知れませんね。4年近くあの方を頼りに生きてきたので…あっ」

少年が不味い空気を察し口を結んだが、時すでに遅しと女性の目には涙が溜まり、溢れ出した。

「ごっ…ごめんねぇぇ!ノーブルゥうう…!!貴方が大変な時に側に居られなくてぇええ!お母さん頑張ったんだけど貴方の妹も大切でぇええ!!」

「ちょっ!?近い!!えっ?妹?ああ…!確か3年前に生まれたって爺から聞きましたよ?おめでとうございます!」

知らぬ間に家族の一員が増えたことは喜ばしいが、家から離れた4年間が刺激的過ぎてイマイチ煮え切らない反応を返してしまう少年。

「うううう…貴方の妹なのよ!?何でそんな素っ気ないのよ!?お母さん悲しいわ!」

少年の反応が気に入らなかったのか癇癪を起こす女性。

「それは多分…あれです!この4年間は師匠と【あの子】が家族変わりだったので…何です?母上…えっ?何で…近寄って…!?」

「バカ息子ぉおぉおぉおおお!!」

「ちょっ…母上!?あっやめっ…!?あばばばば!!」

泣き止まぬ母親が少年をこれでもかとガシィッと強く抱きしめる。

「私が家族の愛を思い出させてあげるわぁああああ!!」

「ああああああつ!ちょっ…やめ…やめっ…アッー!」

まだまだ幼い少年には体格差もあり母親の本気の抱擁は拷問レベルの苦しさがある、何やらそれ以外の痛みもあるのか叫びを上げる少年。慌てて近くの老兵士と御者の老人に視線で助けを求める。

「ううぅ…幼い身で4年も苦しんでる時に私はぁああああああああ!!何であの時一緒に行けなかったぁああああああああ!!」

「良かった…本当に良かったですね…ノルベ様ぁああああ…!」

老兵士は握りこぶしを地面にドンドンと叩きつけて泣きわめき、御者の老人は馬を抱きしめながらすすり泣き、門前の若い兵士2人は目頭押さえて震えている。

何だこれは…とこの場から逃げ出したい少年の気持ちとは裏腹に母親の腕が少年の小さな体を万力で潰すが如く締め上げる。

「あっ…はばう…え…!ほっ……ぐっ…冗談抜きで……ちょっ…まだ身体の傷が残ってる所にもあって痛い!痛い!イダダダダダ…っ」

「ノーブルゥ!今度は私が死ぬまで貴方を離さないわぁああああ!!」

「はっ…はなっ……離さないと僕が死にそうなんですぅぅううううおおああああ…あっ…がっ…あ………………」

少年は偉大なる母の愛と激痛に脳が耐えきれず視界が暗転する。意識を失いながら少年はこれまでの事を振り返る。

ーーーーー

ある大陸にある、ある国のある辺境。

正確には【ヒノ大陸】に数多く存在する国の一つ【勇者在りし国・ガルダ王国】の下にある【ガルダ王国南部辺境】。

そこには大陸全土の中でも一風変わった湖がある。

湖の名は【プルー湖】。

プルー湖は広大な山脈と森林地帯に囲まれ、南は海に通じている。ヒノ大陸有数の【危険地域】である。

もとは淡水湖であったが500年前に起きた大地震と高潮により、開拓中だった南部の鉱脈を含めた陸地が決壊し外海と通じたことで【汽水湖】となった。

【汽水湖】とは海水と淡水の混じった特殊な環境の湖である。
魚などの生物が非常に豊富で魚類、甲殻類、軟体動物など、大陸で1番多種多様な生物が生息しているのでは無いかと噂され、その噂が真実であると毎年の様に新種発見の旨が報告される。
その中には【魔物】や【魔獣】といった畏怖べき存在の報告が含まれており、王国は手放しで喜べない魔の湖でもある。

湖の面積は膨大で形は複雑、今後の王国の発展を支える資源をどう活かすか、王国を牛耳る者たちは良いも悪いも含めて政策に勤しんでいた。

そんな王国にある大ニュースが舞い降りた。

「王国南部辺境のプルー湖近辺にて【ミスリル】と思わしき【鑑定結果が不明の鉱石】が発見されたと勇者一行、冒険者ギルド、王国騎士団から多数報告がありました」

【神の鉱石ミスリル】
多くの物語に記され強力なの武器の素材として知られる伝説の鉱石。

「ミスリル鉱脈発見か?」という噂は瞬く間に広がり、人々の夢と欲望が王国を侵食した。

騎士や冒険者はもちろん農民、労働者、商人、乞食や教会関係者までもが【ミスリル】による一攫千金を目指しプルー湖へ向かう社会現象が起きた。

この現象で領地の労働者が一気に減ってしまうなどの問題が発生、各地の領主や財政管理担当は発狂した。

幸か不幸か数日後には自身の無謀さに気付いた民衆は、南部辺境へ往復する出費が勿体無いと隣町に小旅行した程度で落ち着き、国を騒がせた社会現状は一先ず落ち着いた。

【ミスリル】発見報告から半年後、王国から調査隊を編成・派遣したその2週間後に凶報が伝わった。

「南部辺境のプルー湖東部にて【海神を祀る魔王】と思しき存在を発見、調査隊と勇者一行が接触したと報告が…!!」

【魔王】
【神の鉱石ミスリル】と同様に数多くの物語に記される存在である。「【人種】を滅ぼした方が【世界】のためである」と考える【神々】が気に入った生物・現象・土地・道具などに【加護】を与え変質した【人種】を襲う天敵。

補足として【人種】とは

【一種の生物が知識を重ね進化した…人間】

【人間を真似ることで他の種から進化した…亜人】

【神から加護を与えられた人間・亜人の祖先…魔人】

課程はどうあれ知識を持ち対話できる者を【人種】の枠として囲んでいる。

未だ大陸共通の定義は確立されておらず、【勇者】【聖者】【使徒】など選民・差別意識などは残っているものの【魔王】を問題視する点は共通である。

【魔王】にも種類があり、人間嫌い筆頭の【海神】。南部辺境に潜む【魔物や魔獣】の多くは【海神を祀る魔王】の祖先とされている。

「【勇者一行】が接触し敗走、【剣王】エンヴァーン=ヒノ=ガルダ様が行方不明。冒険者ギルドからBランクとCランクのパーティが全てと【牛殺しの鎚】のリーダーが行方不明。【王国騎士団】の精鋭30名から…24名が行方不明と報告されています…」

報告の声が響き渡るのは【王都アガディール】の中央に建造された王城内の【謁見の間】。

【謁見の間】は大広間の床に柱、全てにおいて国色である赤色の大理石が使用されている。そんな真っ赤な空間に響き渡った報告は人々の顔色を真っ青に変えた。

まず【王国騎士】の多くは世襲貴族の子供から輩出される国の現状、領地を守る人材が消失したことに多くの貴族が頭を抱えた。

【牛殺しの鎚】は鍛冶や鉱石に特化した知識と体躯を有した種族【ドワーフ】のパーティである。
【ミスリル】調査のみという名目で調査隊に同行依頼していたため、護衛対象が行方不明となれば信用問題に関わり、国の発展に貢献してきた【ドワーフ】が他国に亡命されたとなれば王の首1つでも足りない事案である。

そして最後に【剣王】エンヴァーン=ヒノ=ガルダ(56)勇者一行に同行していた。ガルダ王国現国王の実弟である。

ガルダ王国最強と名高い男で【山神を祀る勇者】の末裔として【山神の恩恵】を受け継ぎ常人を超えた力を持っている。

エンヴァーンは王族の身でありながら、王位継承権が低いこと、本人が玉座に興味ないことを理由に【剣の道】を極めることに力を入れ、神に最も近い生物である【竜】に挑み、敗北したものの【神】から認められ【剣王】という王国最強の称号を授かった。

その後エンヴァーンは【王】の称号を手に入れた後も悠々自適な生活を送り王族から疎まれたが、それが逆に【王】らしいと代々国王に継承される称号【炎王】を持つ兄より人気である。

その人気は【勇者一行】という、王族や貴族の子供で構成された【恩恵】持ちの団体を立ち上げる程である。

今回の調査ではプルー湖という危険地帯での【勇者一行】のお目付役とエンヴァーンに同行依頼をしたが、報告からして敗北したのだと誰もが絶望した。

「加えて…ガルダ王国南部ハーディス辺境伯の次男ノーブル=ロッソ=ハーディス様…勇者一行と魔王との戦闘に巻き込まれ…まだ4歳の身で行方不明とのことです。」

その報告に真っ青の顔した一同は、青から紫になり、宰相と呼ばれてる男は泡を吹いて倒れた。

「【騎士殺し】【王族泣かせ】のいるハーディス家か…確か去年、あそこの長男が王都の学校を入学していたそうだな…」

【ハーディス辺境伯爵家】
問題となっている【プルー湖】を含む南部辺境を治める貴族である。問題児を多く輩出する事で有名であり、長子が公爵家の者を殴り飛ばし謹慎を言い渡された話は有名で、両親に続いて【貴族狩り】という物騒な異名を付けられた。

「はい、ハーディス家の長男も常人を超えた【恩恵】の力を持っているため【勇者一行】に加入しないかと誘っているのですが色良い返事はもらえておりません」

「構わん…ハーディス家は我が国にいるだけで心強い…しかし困ったものだ…このまま玉座を譲ったところで我が子を一年目で過労死されるだけだ」

国王は今年60歳を迎え、この期に乗じ息子に玉座を譲るつもりであった。ミスリル鉱脈はその祝いにと国王自身も夢を抱き調査に投資していたが、魔王による被害報告に戴冠式の場より処刑台に立つのが相応しいのでは自嘲した。

「ん?…そういえば、行方不明という報告ばかりだが、詳細はまだとはいえ重傷や死亡の確認は全くないのか?」

「はい、無事だった勇者一行と騎士団員にも事情聴取を行いました。結果として皆【黒い湖に引き込まれた】【海神の魔獣と共に現れた】ということしか分かっておりません」

「黒い湖とな…」

「特殊な能力を持つ【魔物】か【魔獣】系か、怪我人すら見つからない事から土地に干渉する【神域】系が1番有力かと…しかし想像するだけで具体的な対策会議もままならない状態です」

「だが屈するわけにいかぬ…!」

「!…はっ」

「皆の者!此度の【海神を祀る魔王】の襲来は我がガルダ王国へ神が与え賜うた試練だと思え!【炎王】ライト=ヒノ=ガルダが命ずる!【海神】の試練に打ち勝つのだ!!」

この年、ガルダ王国は【海神を祀る魔王】と思われる存在に【無音と無彩の魔王・冥王トーン】と名付け、各国に公表した。

ハーディス辺境伯はプルー湖東部・南部・中央を王国騎士団と原住民である部族と協力し閉鎖。

立ち入りは各国で認められ身分を厳重に審査された調査隊・討伐隊。冒険者ギルドで認められたBランク・Aランク・特A・Sランク冒険者を含むパーティ。【勇者一行】とした。

【冥王出現】から4年。

【冥王トーン】が現れたとされる【プルー湖東部・アメミット台地】を中心に行われた探索は、明確な発見報告が一度も無いまま、行方不明者だけが増え続けた。

探知魔法・索敵魔法の誤差から【神域】系の魔王として情報を公開されるも明確な成果が得られないまま時は経過した。

民衆の反応は様々で、いつ【冥王】の被害が北上し王都にまで及ぶか恐怖する者、4年という年月が恐怖を溶かし楽観視する者。

ガルダ王国を含む各国が【冥王】に対して一旦調査を中止、成り行きを離れて見るべきではと諦めかけた頃、【冥王】による行方不明の一人が王城に現れた。

報告
【剣王】エンヴァーン=ヒノ=ガルダ帰還

報告
【冥王トーン】討伐

その報告は【ある少年】にとって平和と安寧の知らせでは無く、静穏を手に入れる為の物語の序章の終りを告げる知らせであった。



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