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#03-01

 八月上旬、高校二年の夏休み。
 俺は出会ってしまった。
 出会って、巡り合って、見つけてしまった。
 俺は、なんて悪者なんだろうか。


「天使様」の噂を、聞いたことがあるだろうか。
「天使様」とは願い事を何でも叶えてくれるという、いわば神様のような存在のことだ。
 それが今、若い中高生の間で流行っているらしい。
 うちのクラスでも何人かの女子が願いを叶えてもらったとはしゃいでいた。
 嘘かどうかはともかく、いや、それは嘘なのだろう。
 これは自論であるが、願いというものは努力で叶えるものだ。
 他人にそれを聞いてもらったところで、別に叶うわけではない(まあ中には、自力で叶えたやつもいるだろうが)。
 それより馬鹿馬鹿しいと思うのは、その名前だ。
 なんだ「天使様」って。
 仏教徒を敵に回すという意思表示かはわからないが、とにかく中二病もいい加減にしてほしいって話だ。
 だってそうじゃないか。
 天使なんて言うものはあくまで空想上の生物であって、存在するわけがない。
 天使も、悪魔も、ツチノコも、神様さえも。
 見えない、見たことがないっていうのは居ないってことと等しいのだから。
「・・・と、いうわけで皆、気を付けて帰るように」
 ジャージを着た小柄な女性が、教卓に手を打ち立ち上がる。
 それを見計らって、
「起立、礼!!―――」
「さようなら」は、タイミングよく鳴ったチャイムにかき消されて、聞こえなかった。


 私立立桐高校 二年三組学級委員
 それが俺の肩書だ。
 名前は・・・
 言う必要はないだろう。
 高校に上がってから学級委員を務めていたせいか、学校では『リーダー』(特にリーダーらしい、人を引っ張るということをやった覚えはないのに)と呼ばれている。
 家ではろくに名前を呼ばれたことすらない。
 まともに名前を呼んでくれる人といえば――――
「黒田。これ、天野(あまの)に届けてくれないか」
 ・・・今では彼女ぐらいだろう。
 うちのクラス、つまりは二年三組の担任である彼女。
 彼女の名前は玉倉 結(たまくら ゆい)
 背はそこそこ低く、普段からジャージを着用している。
 髪はショートカットで、うちの男子が思った第一印象は、天然そう、可愛い、優しそう、だった。
 とはいえ、彼女が体育教師というわけでも、先ほど言ったように天然なわけでも、優しいわけでもなかった(可愛くは、あった)。
 よく名は体を表すというが、彼女の場合は服は体を表すに書き換えるべきだ。
 詰まる所、彼女は俺たちの印象とは全くの逆の存在だったのだ。
 天然ではなく勤勉で、優しくはあっても厳しくて。
 昔で言うところの熱血教師、というと失礼だろうか。
 ちなみに彼女の担当教科は数学。
 本当に、ジャージに思い入れでもあるのだろうか。


 そんな彼女が教室を出ようとしていた俺に手渡してきたのは、閉じられた茶封筒だった。
 かなりいっぱい詰め込んだのか、少し腹の部分が膨らんでいる。
 しかし天野か・・・
 彼女が言ったその名前は、とても聞き覚えがあった。
 当たり前だ
 その名は、耳を閉じていようが聞こえてくる、呪いのような名前なのだから。

 天野 夢(あまの ゆめ)
 俗にいう秀才、天才というやつで、たしか5月頃にやった900満点のテストで890という天才的な数字を叩きだした奴だ。
 何が天才かといえば、100点がなかった(・・・・・・・・・)ということだ。
 そして彼女は俺と一緒に、このクラスの学級委員を務めていた(・・)
 というのも、6月辺りから急に不登校になったのだ。
 理由は不明、親御さんが言うには何も言わず急に部屋に閉じこもった、のだそうだ。
 いじめか、もしくは何かの病気か。
 突然の出来事にショックだったのか、その頃に倒れる生徒が続出した。
 本人非公認で行われていた、《夢様ファンクラブ》というやつも、学校の歴史の影の中で消滅した、といううわさも聞いた。
 まあ、少なくともいじめや病気などではないだろう。
 彼女と知り合ったのは今年の4月だが、その時の彼女の印象からして、そういうものには会いそうになかったからだ。
 余談だが、俺は彼女のことをあまり好きではない。
 彼女を例えるなら、白の中の白、いや白以上の白。
 白より白くて、白以外になる方法を知らない。
 よく言えば「良い人」、悪く言えば「()い人」。

「で、なんで俺なんですか。別に他の女子でもいいでしょう?」
「残念ながら、そうはいかないんだ。私も何人かに頼んでみたんだが、みんな揃って家は知らないと言っているんだ」
「そう、なんですか」
 それはいささかおかしくはないだろうか。
 彼女は良い人だ。
 良い人の周りには、光に群がる夜の虫のように、人が寄ってくるはずだ。
 そして友人関係というものが構築されるのが自然の摂理だろう。
 先生の話を聞く限り、友人は何人かいるようだし。
 なら、家に招いたりしないか!?特に女子は。
 いや、だとしても
「俺が天野の家を知っていると思いますか!?」
「思っているわけないだろ」
 呆れるように彼女はそう言った。
 ならなぜ頼む。
「ほれ、これ」
 彼女は得意げに、一枚のメモを手渡した。
「お前は学級委員だからな。特別だぞ?こんなこと」
「あの、何ですかこれ」
 メモにはなにやら文字と、数字が記されている。
 ここで、顔からさーっと血の気が引いた。
 なんとびっくり、これ絶対に天野の住所だろう。
「誰にも言うなよ?」
「・・・・・・」
 別に誰に言うつもりはないが、この人の将来が心配になってくる。
 個人情報漏洩で捕まったりしないよな。
 ともかく、無言で茶封筒を学校指定のバックに詰め込むと、もう誰もいなくなった教室を後にしようとした。
「そうだ、終礼で言ったと思うが、天野の家の近くでよく通り魔が出るらしいからな。注意しろよ」


 あの時、先生はそんなことを言っていた気がする。
 けど、もう覚えてないや。
 しかし、お前はそんな形をしているのか。
 実に――――興味深い。

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