#03-02
帰宅途中に驚いたことが二つあった。
ひとつは俺と天野の家が、近かったことだ。
目と鼻の先、というのは少し言い過ぎだが、それでも近い。
俺の家は地区の境界に近いところにあるのだが、天野の家は境界の向こう側の地区の、境界の近くに住んでいたのだ。
徒歩10~15分といったところか。
いやはやびっくりの一言だった。
さて本題。
もう一つの驚いたこと。
これは自分の不注意もあっただろう。
もしくは、先生が言っていたかもしれない言いつけを守っていれば、こんなことにはならなかっただろう。
いや、それ以前にあの人が、俺にこんな荷物を渡してこなければ、それこそ何事もなく終わっただろう。
そう俺は―――――通り魔というやつに、巡り合ってしまった。
フードを深く被り、ホームセンターで売ってそうなキラ光りする包丁を持った、ザ・通り魔が・・・
そんな奴がそこに居たら、なんと幸運だっただろうか。
そいつは、人ではなかった。
いやむしろ、通り魔そのものだった。
通った魔、言葉の通りの魔そのものだった。
細長い黒い靄が、そこにあった。
目には見えない、目では見れない、黒い靄が。
俺に襲い掛かってきた。
正確には、
腕には二つの穴が開き、そこから血が垂れ始める。
痛みで思わず顔をしかめてしまった。
それが隙となってしまい、一撃二撃と攻撃を――――喰らうほど俺も馬鹿ではない。
目では見えないにしろ、そこに居るのはわかっているのだ。
だとしたら、避けるのは簡単だ。
さて、こいつは何なのだろうか。
細長い体に、大きさは俺の腰(参考までに言っておくと、俺の伸長は169cmだ)あたり、あとは噛みつきってことは・・・
まあいわずもがな、蛇だろうな。
しかし蛇か・・・
猿、犬と来て今度は雉かと思ったが、とんだ藪蛇だ。
さて、この蛇がいる道の先に天野の家があるのだが、果たしてこいつは見逃してくれるのだろうか。
まあ、無理だろうが。
無理なのだろうが。
何とも皮肉なことだ。
そういえばこいつには毒があるのだろうか。
もし持っているなら、すぐにでも解毒剤を打たないと死んでしまう。
死ねないとしても、死んでしまう。
さて、こういう時はどうすればいいのだろうか。
そうだなとりあえず――――
威嚇でもしてみることにしよう。
すると、魔法にでもかかったかのように蛇は、どこかに行ってしまった。
まさか本当に効くとは・・・
自分でも疑ってしまうくらい拍子抜けだった。
さて、ここからが一番の問題だ。
これから天野の家に行くわけだが、どうやってインターホンを鳴らそうか。
残念なことに俺は、友人の家に行くという行事を一度も行ったことがないのだ。
根っからのアウトドア派だったこともあるが、それ以前に友人と遊ぶということをあまりしなかったからだろう。
休みの日なんかは姉と、よくサイクリングに出かけたものだ。
それは毎週欠かしていない。
が、今は関係ないな。
インターフォンの前まで来る。
そして指を伸ばしてボタンを押し―――――た、よな?
押したはずのインターフォンはうんともすんとも言わず、壊れたラジオのような小さな砂嵐の音を延々と流し続けているだけだった。
壊れているのだろうか。
もしくは、壊してしまったのだろうか。
もし後者だった場合、俺はここからとんずらさせてもらうつもりなのだが果たして・・・
ふと、扉が開いた。
錆び付いているのか、軋む音をたてながら、ゆっくりと。
「はい、どなたで――――――――」
家の中からは、ダボダボのパジャマを着た痩せこけた少女が出てきた。
これが、あの天野夢だろうか。
それにしてはなんだか、彼女の印象とは大きく外れていた。
「あの、これ渡しに着たんだけど」
そう、言おうとした。
のだが、俺を見るやいなや、彼女は扉を勢い良く閉め、ガチャリと鍵まで掛けられてしまった。
これはまずいことになった。
まさか警察を呼ぶとまではしないだろうが、しかしこれを受け取ってもらえるだろうか。
そうしてくれないと、俺は自宅へと帰ることができなくなってしまう。
「天野さん!これ渡しに着ただけだから!別に不審者とかじゃないから!」
固く閉ざされた扉をなんとか開こうと、激しく叩き続けた。
まずいまずいまずいまずい。
このままでは俺は、女子高生の家に無理矢理侵入しようとした不審者として、本当に警察沙汰となってしまう。
・・・しょうがない、封筒はポストにいれて、帰宅するとしよう。
扉のとなりにあったポストに茶封筒をねじ込むと、その場を去ろうとした。
その時―――――また、扉は開いていた。
「あ、あの。どうぞ・・・」
その影に隠れるように、あの少女、天野夢がこちらを覗いていた。
「はい、どうぞ」
あの後、恐る恐るではあるが、家の中に上がらせてもらった。
ただ、他人の家に上がることに関して。知識の薄い俺であるがゆえに疑問なのだが、知り合いでもない人間(自分で言うと少し傷付くが・・・)を家の中にいれる場合、リビングとかキッチンとか、そういう
今俺は彼女の自室でもてなされているのだが、今時の女子って、こんなに危機管理能力低かったっけ。
だって男子が女子の部屋にいるのだから、それこそ事案と言うものが発生してもおかしくはないだろう。
別に俺はなにもする気はないが、だからといってこれはなんと言うか・・・
しかしあれだな。
確かに俺は人の家に上がったり、友人の部屋(女子も含めて)に入ったりといった経験はない。
それでもこんな
まず部屋には家具が少ない。
数えなくても数がわかるほどに、それこそ片手に収まるほどに。
そしてその色。
タンスも、机も、ベットもシーツも、壁紙も絨毯も、ドアさえも、白白白白。
染みもなければ埃も落ちていない。
まるでモデルルームのような、変でない、でも奇妙な部屋
無機質で、真っ白くて、人らしくなくて、まるで彼女のようで、気持ち悪い。
ここに一秒でも長くいたら、気が狂ってしまいそうだった。
そんな気持ちを押さえ、封筒を手渡した。
「これ、先生から」
口を開いただけで、吐き気が襲ってくる。
あのときみたいな、吐き気が。
それを押さえようと、天野に手渡されたお茶を一気に飲み干した。
そうしている間に彼女は封筒の中身を取り出す。
中に入っていたのは、これまで休んでいた分のプリントだった。
溜まりにたまった四ヶ月分。
なるほど通りであそこまで膨らんでいたはずだ。
ついでに重かったし。
「じゃあ、俺もやることやったし、もう帰るよ]
そう言って鞄を手に取り立ち上がった――――――
ところで、立ちくらみだろうか。
頭がくらっとして思わずこけそうになった。
机が近くにあったことで、なんとか踏ん張ったが。
その後は天野に肩を貸してもらいながら、玄関まで送ってもらった。
「そういえば親御さんはどうしたんだ?」
帰る直前、解放一歩手前で、どうせなので聞いてみた。
天野は一瞬困った顔をして、
「両親は共働きなの」、と。
そんな、おかしなことを言っていた。