第二十九話 神への対抗
「フィオーネ。この炎系の魔法なんだけどさぁ——」
「っえ!? い、いや、すいません!! フィイにはわかりません〜!!」
「おい!? ちょ! ちょっと待てって!!」
俺が話しかけるなり、あからさまに同様したフィオーネは、一度も俺に目を合わせることもなく、別室へと逃げて行ってしまった。
「はぁ〜……。どうしたもんかね……」
100m四方の真っ白な部屋でただ一人、置き去りにされた俺は、大きく肩を落として今後のことを心配していた。
「もう2日目だぞ……。作戦の日まであと5日しかないというのに…………」
俺が悩んでる理由。そして俺がフィオーネを含め、ここにいる全員に避けられている原因。
それは2日前の夜、すなわち、この研究施設に来た初日の夜に起こった悲劇がことの発端となっていた——。
と言っても、大した話じゃないんだけどね。
ヤユが俺の血だらけの服を好意で洗おうとしてくれたから、喜んでジャケットやシャツをヤユに渡したんだよ。
そしたら、その時まです血で汚れていたしっかり忘れてたんだけど、俺のシャツにギリギリアウトなロリ美少女の水着姿が描かれているのを、綺麗になったシャツからヤユが見つけて、あまりにも驚くもんだから他の二人も集まって来て……っていうだけの話。
それだけの話のはずなんだけど、その時のみんなのリアクションが、マジで汚物を見るような目で俺を軽蔑するっていうネタじゃすまない感じだった。
自分が原因を作ってしまったと罪悪感を感じたのか、ヤユが『だ、大丈夫だ!! 心配するな! 人類皆、生まれた時から変態だから!! だから——』と言ってくれたので、いつの間にか10mほど後ろに下がっていたヤユにお礼を言おうと一歩近づくと、『ひぇっ!? 礼ならいらんぞ!?!? ほら!! 私たちは仲間じゃないか!! このくらい当たり前だ!!」と言いながら、また壁の方まで下がって行った。
人格者だと思っていたヤユでさえそんなリアクションをとった時、俺はもう完全に終わったんだと悟ったよ。
それから2日。正確には二晩明けた昼頃の今、まだみんなとの距離は遠い。
ただでさえ、アミラとは2日前の言い争いで気まずかったというのに余計に関係を悪化させてしまったのだ。
さすがに俺に魔法を教えないで放置するわけにもいかないので、魔法がそこまで得意ではないフィオーネを抜いて、ヤユとアミラが研究の片手間に交代で俺に魔法を教えてくれている。
教えてくれていると言っても、基本的に魔法に関することは研究室に置いてあった本で学習して、わからないところがあったら二人に聞くというスタイルだ。
なのでほぼ独学に等しい。
だが、やっぱり魔法のプロ二人が的確なアドバイスをくれるというのもあって、俺の魔法技術は凄まじい速度で向上している。
例えば——
「
この魔法。
空中に自転する火炎球を複数個同時に作り出して、ターゲットに射出、そして着弾時に爆発を起こすという攻撃魔法なのだが、
①火炎球を出現させる空間座標の指定
②火炎を生成(この時点ではまだ球体をなしていなくて、ただの燃える炎の状態)
③火炎を一方向に自転させ、内部にエネルギーを圧縮
④ターゲットの空間座標の指定
⑤ターゲットへ向けて、火炎球の方向を変える(自転している方向から、よりスピード・威力が出るように)
⑥ターゲットへ射出
⑦着弾と同時に爆発
魔術指輪を使うことで、指輪に取り込んだ魔力量に応じた数の火炎球を、事前に設定された大きさ、回転速度で定位置に発生させることができる。
この魔法で、使用者が決めるのはターゲットの位置のみだが、それは意識を向けることで設定できて、実はこれらのことは3日前の勇者と戦う前にフィオーネから教えてもらっていたのだが、実際に使ってみると意外に簡単なものだった。
それ故に、この二日間で
というのも、この魔法を一から全て自力でやるとしたらめちゃくちゃ難しいのだ。
というか、俺には火炎球を作り出すことすらできなかった。
これの劣化版魔法として、自転してない1つの火炎球(球体ではなく、イメージとしては妖怪の火玉が近い)をそのまま相手にぶつけて爆発させるというのがあるが、それですら中級魔法に設定されていて、もちろん俺には到底使えそうにない。
基本的に、魔法というのはイメージで位置や大きさ、その形態や速度などを決めるらしく、それを補助するのが呪文や魔方陣、魔石や
俺たちが言葉を話したり、走ったりするのも、本当は高度な技術が必要なわけだが、こっちでは魔法の発動まで、脳による高度な処理で賄えるみたいだ。
それでは間に合わない部分を道具に頼るという感じらしい。
まさに
本当なら、一から魔法の練習をしたかったのだが、作戦の日まで時間もないので、ここは魔術指輪の能力に頼ることにした。
じゃあ俺は何をやっているのかというと、俺の持っている魔術指輪の魔法を、より正確に、そして自由度の高い攻撃・防御ができるように特訓している。
具体的に特訓の内容をいうと、
努力の甲斐もあって、この二日間だけでも、精度や威力も桁違いに上がっている。
効率よく、そして精密に魔法を使えるようになってきていたからだろう。
「とりあえずまた1時間の休憩か……」
火炎散弾で、仮想の敵として見立てた3体のカカシをそれぞれ、一つは爆発で粉々に、一つは炎によりチリに、そしてもう一つは火炎球による圧縮で押しつぶすという形で、大破させた俺は魔力の減りを感じ、すぐさま腰に巻いたホルダーから、ヤユにもらった魔力回復薬を飲む。
俺の能力としての問題点は、魔力の消費をリアルタイムで、普通の魔法を使うのと同じようにすること。
当たり前の話なのだが、ただでさえ魔力消費の激しい魔法を連発しているので、魔力量がそんなに多くない俺には厳しいことなのだ。
ヤユ曰く、魔術指輪を改造して、指輪自体に魔力を事前に貯蔵することはできるらしいのだが、それを量産する時間もなければ、元となる指輪もないのでしょうがない。魔術指輪は一度使ったら再び使えるようになるまでに数十分はかかるというのも問題だ。
だから、俺の場合、わざわざ指輪を使わなくても、能力でコピーしてあるので事足りる。
まぁそんなわけで、俺は今、唯一、真正面からの戦闘で役に立ちそうな上級魔法を中心に練習しながら、他の魔法とのコンビネーションなどを模索している、という状況である。
「火炎玉の圧縮速度をもう少し遅くすることで魔力の節約ができて……」
魔法の実験の後はまた次に使えるほどに魔力が回復するまでの間、ノートに実験結果を書いたり自分なりの考察をしている。
俺はいつものように、今回の成果や新たに発見した問題点を書き出しながらも、過度の集中や炎の熱によってでた汗をタオルで拭っていると、突然、実験室の重い扉が開く音が聞こえた。
「栄一!! あんた確か、あの指輪には対になっている指輪との念話能力と、魔力の共有能力の二つが備わってるって言ってたわよね!?」
「えぇ……? あぁ、そうだが?」
今までは決してあっちから開くことがなかった扉を一瞥すると、そこには血相を変えて俺を見入るアミラがいた。
何かあったのだろうか。
確かに魔力供給も念話も使えたはずだが……。
俺はアミラの様子に疑問を抱きつつも、途中だった実験結果の分析を続ける。
「どうかしたのか? 確かに対になる指輪がないと実証は出来ないが俺は確かに——」
「——たった今、三つ目の能力が見つかったのよ!!」
「えぇ!?!?」
予期せぬアミラの知らせに、俺はノートを書く手を止め、思わず声を上げた。
後に、この三つ目の能力が、俺の人生、そしてこの世界を大きく変えるということは、この時はまだ誰も知る由はなかった——。