第七話 ふざけんなクソ女神 (3)
「それで女神様。ひとまず話だけなら聞いてあげなくもないですよ?」
「本当!?!?」
目をキラキラさせてこっちを見てくる女神は、なんだか子犬的な愛嬌がある。
俺がそんなことを考えてるなんて夢にも思っていないだろう女神は、まるで犬が嬉々として飼い主に向かってくるかのように、ぴょんぴょんとその腰まで届きそうなくらいに長い髪を跳ねさせながら、後ろにある机から書類が入っていると思われるファイルを俺のところに持ってきた。
「実はね。これにサインして欲しいの」
そう言ってその書類を確認することなく、何枚かの紙が挟まれているファイルを渡してきた。その指には赤色の石が装飾された指輪がはめられていてなんとなく目に止まったがそのまま渡された書類の方に目を向ける。
「どれどれ」
とりあえず中身を見てから判断しようと考え、渡されたファイルを開いてみると、そこには『同意書』という標題の普通の文書が入っている。
そこに書かれた内容を要約すると、
①【私、山田栄一は自らの志願の元、異世界への転生を行う】
②【転生及びその後に関して一切の責任を山田栄一自身が負う】
③【天界に対して敵対行動と見なされることは決して行わない】
といったものだ。
まぁ予想していたものと比べれば、別に対して酷い内容ではないと思うが、チート能力をもらえるわけでもないしこれに同意するメリットが俺に全くないのも事実。
ニコニコしながら俺がサインし終えるのを今か今かと待っている女神に書類を返そうと同意書をファイルに戻そうとしたら、クリップでまとめられた二枚の紙がファイルから落ちてきた。
(こんな書類あったっけ?)
見覚えのない書類を拾い上げて読んでみるとそこには衝撃的なことが書かれていた。
【誤転生に関する報告書】
勇者候補——
しかし設定した時刻になっても彼の魂が自室に現れないことから調査を行うと、設定のミスによって、たまたま事故現場の近くの家にいた山田栄一を異世界へと転生させていた。また、同時に勇者候補であった亜裏光来の死も確認。(無駄死にしたと思われる)
転生先から山田栄一の現在位置を確認したのでこれより接触を試みる。
簡単に言えばそんなようなことが、その落ちてきた書類に書かれていたのだ。
つまり、本当なら俺の代わりに優秀な勇者候補とやらが転生される予定だったが、設定のミスによって間違えて俺が転生された。そんな俺の素性を調べてみると、この書類の2枚目にあるように、ただのアニメラノベオタクで勉強も運動もできない無能な上に、すでに勇者候補にチート能力を付与するように事前に設定していたために俺にはその能力を渡せない。だが、そのまま野放しにしていると色々とまずいので俺をここに呼びつけたってのがことの真相らしい。
あまりにも信じ難いものを目の当たりにして流石の俺も気が動転していると、待ちきれなくなったのか今まで正面の椅子に座っていた女神が俺の方に来た。
「栄一くん。サインはできたの? ——ってなんでそれを!?!?!?」
俺の手に持つ書類を見て驚愕に満ちた顔で俺を見つめてくる。
驚いているのはこっちだというのに。
「なんで、なんでちゃんと処分したはずなのに……」
口をガクガクさせながら目を見開いている女神は今にも倒れそうなくらいに顔が真っ白だった。
「おい女神。ここに書いてあることは事実なんだよな?」
念のため確認をしてみたが、まだ自分の世界から帰ってこられずに現実逃避していた女神に俺の声は届かなかったらしい。
「おい! 女神!!」
「はひっ!?」
再度呼びかけるとようやく気を取り戻した女神がブルブルと体を震わせながら俺を見つめてきた。
「ここに書かれていることは全て事実なんだな?」
「ま、まさかそんなわけ——」
「——正直に言え!!」
「はい! すいません!! 全て事実です!」
ふざけやがってこのクソ女神が! 自分のミスで勝手に人を巻き込んでおいてそのまま一人で強く生きてくださいなんて頭のおかしいことを抜かしやがって。
「……一つ聞くが、お前はこの調査書を天界とやらに提出したのか?」
もしそうなら、完全に被害者である俺に、前世に戻すとか能力を与えるとか、なんらかの措置が天界から施されるかもしれない。
そう思って女神に聞いて見たのだがしかし、
「……い、いや…………その書類を製作してる時に、さすがにこんなことが天界に知られたらクビどころじゃ済まないと思って……その……」
「——隠蔽しようとしたのか?」
くそったれの女神はその俺の質問に対してゆっくりと首を縦に振りやがった。
なんということだろうか。
俺の人生はこの女神によって弄ばれているらしい。
確かに異世界に転生したいとは思っていたが、魔王と呼ばれる未知の強敵がいる世界に何も持たずに行かせるなんてどうかしてやがる。
「あ、あのぉ〜? このことは天界には秘密にしてもらえませんかね?」
「何ぬかしてんだ? 全力で報告させてもらうに決まってんだろ。だが手段がないからなぁ……。まぁまずお前をボコボコにしてから考えるか」
いくらアニオタでスポーツはできないとは言え、ガタイはいいためにこんな女の子くらい一捻りだろうと思い込んでた俺は、女神をボコボコにしようと彼女の手に触れた瞬間、まるで重力の方向が変わったかのように突然吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
あまりにも突然のことに状況が把握できないが、とにかく身体中が痛い。死ぬほど痛い。なんだこれ。
「別に栄一の同意なんて『もらえればいいな』くらいにしか思ってなかったのよん。ここでは人は死なないけど、それは同時にどんなことをされても
女神は俺に重傷を負わせたことを少しも気にしていないかのような口調で淡々とそう告げると、鼻歌まじりでゆっくりと俺の方に近づいて来る。
痛すぎるせいかそれとも関節があらぬ方向に向いているせいなのか体が動かせず、首だけでなんとか彼女を見据えた。
「魔法か……」
朦朧とする意識の中でなんとか言葉を紡ぐ。
どうやら俺は神という存在の力を見誤っていたらしい。