桜の木と旅人さん
僕は旅人です。
山の中を歩いていると、目の前に大きな桜の木を見つけました。
しかし、花は咲いていません。もう暖かい時期になってきたのに、どうしてでしょうか?
……よし、なら花を咲かせてやりましょう。
僕は笑顔を浮かべて、桜の木に話しかけました。
「こんにちは、桜の木さん」
「こんにちは、旅人さん」
桜の木は、女性らしい優し気な声で返しました。
僕は辺りを見回しながら、言います。
「あなたは独りなの?」
「ええ。ここに根を下ろした時からずっと」
「寂しくないの?」
「うーん……確かに寂しいですが、仕方のないことです。動けませんからね」
「なら、僕と友達になろう! 友達が一人でもいれば、寂しくなんてないよ、きっと!」
「え? で、でも旅人さん。あなたはどこかに行ってしまうでしょう? 離れてしまっては寂しいわ」
「……うん。でもね、僕はこう思うんだ。友達なら、どれだけ離れいても、心は繋がっているって!」
「た、旅人さん……っ!」
桜の木は、感極まったかのように泣き出した……気がします。
それと同時に、ぽぽぽーん、と花が咲きほころびました。
まるで、照れているかのような、鮮やかなピンク色の花が。
ふっ、ちょろいですな。
僕は恍惚としている桜の木の脇を、黙って通り過ぎました。