ハチミツと旅人さん
「旅人さん、旅人さん。ハチミツはいかがですか?」
はい、旅人です。
街の中を水が流れる、きれいな国に来ていました。
プラプラと歩いていると、バスケットを掲げた女の子に声をかけられました。
僕は彼女の前を、気づかないふりをして通り過ぎようとします。
「待ってよ、旅人さん! 無視しないで!」
しつこいですね、コノヤロウ……なんて、声に出しません。
「何か御用ですか?」
「ハチミツ! ハチミツはいかがかしら? おいしいよっ!」
「でも、ハチミツだけじゃちょっと……」
はちみつを舐めるって、どこのクマさんですか。くまのプー太郎ですか。
女の子は、胸を張って言います。
「ところがどっこい!」
どっこいとか、おじさんですか、あなたは。
「ここにパンがあります。あいはぶあパン、あいはぶあハチミツ……ウー! ハチミツトースト!」
「待ってそれ、トーストされてない……」
食パンにハチミツを塗っただけ。
決してトーストされたわけじゃない。
「細かいことはいいの! ほら食べて食べて!」
「君、なかなか無理やりだね!」
「おばあちゃんが言ってたの! 人には優しく、そして押しつけがましくって!」
「どんな教えなの!?」
少女の必死な形相に、僕は観念しました。
トーストされていないハチミツトーストを食べます。ハチミツの味がしました。それだけ。
「どう? おいしい?」
「ハチミツの味がする」
「食べたね?」
「食べたよ」
「なら、代金を……」
「あ、もうこんな時間だ……帰らなくちゃ」
「あー! 食い逃げ、食い逃げっ! 誰かその人を止めてええええ!」
僕は全力で逃げました。
逃げた先で、僕は再び声をかけられます。
今度は、身長の高い女性でした。
「こんにちは、旅人さん。ハチミツはいかが?」
「もう、勘弁してください」
僕は静かに土下座をした後、走って逃げました。
これで、十一人目でした。