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始まりの国と旅人さん

「ようこそ、旅人さん。始まりの国へ!」
 僕の前に立った、大柄な男が満面の笑顔で言いました。
 苦笑いを浮かべて彼の脇を通り過ぎ、僕は国の中へと入っていきます。
 門を潜り抜けると、白いレンガで作られた建物が、規則正しく並んでいました。街の上部には『ようこそ! 始まりの国へ!』と書かれた看板が浮いています。
 街往く人たちも、どこか楽しげです。中にはスキップをして人とぶつかってしまい、泣きながら路地裏へと連れ込まれている人もいました。みんな幸せそうですね!
 あ、僕は旅人です。
 様々な国をめぐり歩いています。
 今、僕が入国した国は、通称『始まりの国』と呼ばれているそうです。意味は知りません。
 長い間歩いていたので、どこかに座りたいところです。
 歩きながら、喫茶店でも探してみます。
 けれど、おかしなことに歩けど歩けど、見えてくるのは酒場ばかりでした。
 喫茶店のない国なんて滅んでしまえ、と教えられてきた僕は、今にも発狂しかねませんでした。怒りの矛先はどこへ向ければいいのですか。街往く人たちですか。なら今すぐ殴ってみせましょうか。その後、路地裏に連れ込まれる僕が想像されたので、我慢しますが。
 仕方ないので、酒場へと入ります。店員の方が嫌そうな顔をしたのは、僕の身長が低いからでしょうか。
 僕は笑顔すら浮かべて、堂々と酒場へと入っていきました。嫌そうな顔が伝播されますが、あくまで笑顔で対応しました。僕って大人!
 丸テーブルがいくつも並べられる中、一番端っこへ移動します。酒場にはほとんど人がいませんでしたが、中央の丸テーブルには二人の青年が座っていました。そのうちの一人が、頭を抱えて呻いています。
「ああ……どうして俺、こんなことに……」
「ま、まあ、むしろ良かったじゃないか。こんなの、ゲームかラノベの世界だぞ?」
「……お前は楽しそうだな」
「だって魔王だぞ、魔王! 俺たちが選ばれし勇者で、魔王を倒すために召喚されたって! テンション上がらないか!?」
「嫌だよ、死にたくねぇんだよぉぉお……」
 召喚されたとか、ラノベとか、よく分からない単語が飛び交っていました。一つ、確かなのは、彼らは魔王を倒すために無理やり協力を求められたのでしょう。しかし、一人が乗り気なのに対して、もう一人は怖気ているようす。
 聞き耳を立てるつもりじゃなかったのですが、彼らの声は大きく、嫌でも聞こえてきます。
「俺、夢だったんだよ……異世界に召喚されて、魔王を倒して勇者になるの。魔法とかも使ってさ!」
「魔法って、本当にあるのかよ……この世界に来て、一度も魔法を見たことないんだけど」
 ええ、ありますよ。
 一日に一回しか使えず、使った後は寿命が一年短くなるという、コスパの悪いものです。なので誰も使おうとしませんが。
「え? 俺もう使ったけど?」
 使っちゃいましたか。
「王様だって言ってただろ! 俺たちは特別な力があるんだって! きっと、このあたりの人は魔法を使えないんだよ!」
「そうかなぁ……」
「疑うなよ! どうしても信じられないなら、今から見せてやるから、外に出ろ!」
「あ、ちょっと待てよ!」
 二人の青年は、金貨を机に置いてから去っていきました。
 彼らの背中が見えなくなると、店員さんが僕のところへやってきます。
「ご注文は何になさいますか?」
「それよりも聞きたいんだけど、今の人たち、何なの? 召喚とか、魔王とか……」
「あなた、旅人さん? ならご存じないかもしれませんね」
 店員さんは笑って言います。
「昔、魔王が世界を支配していたでしょ? この国は、それを止めるために異世界から人を召喚していたの。今も時々、異世界から召喚される人がいるんです」
「へぇ。でも、魔王って倒されたよね?」
「はい! だから、もう召喚されなくていいはずなんです。でも、召喚のシステムが、どうしても止まらないらしくて。王様も困ってしまったので、せめて早くみんなと同じところへ行けるように手を回しているらしいんです」
「みんなと同じところ?」
「あの世ですよ。だから魔法を使うように斡旋して……あ、いらっしゃいませ!」
 僕から顔を逸らして、酒場に入ってくる四人組に笑顔を向けました。
 四人組は、先ほど青年たちが座っていた丸テーブルに腰を下ろすと、話を切り出しました。
「俺たち、とうとう異世界召喚されちゃった! 王様にも、俺たちなら魔法が使えるってさ!」
 彼らをジト目で見ていた僕へ、店員さんは尋ねました。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「コーヒーとかあります?」
 店員さんは笑顔で頷きました。

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