中野彩楓の幸運
その日の帰り道、とてもいいことがあった。
私は合格発表の後、てくてくと歩いて帰っていた。すると、頭にポツリと雨粒が一粒落ちてきた。それをきっかけに、途轍もない量の雨が降ってきた。数分後、すべてが収まったとき、傘を持ってきていなかった私は下着までビショビショになっていた。
どうしよう。などと思っていると、
「・・・どした。君」
と言う声が背後から聞こえた。振り向くと、そこには先程の男性が立っていた。私は、
「・・・えっと。雨が降って・・傘持ってなくて。それでこの様です」
と言った。男性は困ったように、
「うーん。嫌じゃなかったら、家に来る?母さんの服があった気がする」
と言う。よくまあ知らない人にそんな大胆な・・・。でもまあ・・・、
「は、はい。貸していただけるなら」
と言う。男性はついてこいと言わんばかりに手招きし、私はそれについていく。
思ったより男性の家は大きかった。表札には立派な字で、『加賀見』と書かれている。私は、
「失礼します」
と言い、上がり框に上がる。リビングに入ると、加賀見さんが、
「向こうに風呂場があるから、シャワーを浴びるといい」
と言い、キッチンの横にあるドアを差し示す。私は、シャワーを浴びさせてもらうことにした。
ところで、親御さんは何か言わないのだろうか?
私がタオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、加賀見さんが、コーヒーカップを私に差し出す。私はありがたく受け取る。少し口を付けてみると、久しぶりに飲むコーヒーは少し甘かった。苦くなかったっけ。私は、
「あの。コーヒーって苦いものなのでは?」
と尋ねる。加賀見さんはクスリと笑い、
「はは。まあジョージアみたいに微糖だったりもあるけどさ、マックスコーヒーみたいに激甘のコーヒーもあるからね。それは・・・ネスカフェなんだけどさ」
と言う。マックスコーヒー・・・どれだけ甘いのだろう。今度見かけたら買ってみよう。ところで・・・・。
「加賀見さんはいったい何歳ですか?」
と私は尋ねる。加賀見さんはあちゃーと言う顔をし、
「まだ気づいてなかったか。16だよ」
と言う。あ。じゃあ同学年か。私は、
「あ、そうだったんだ。てっきり年上だとばかり」
と言った。
「服はいつでもいいから。もう使う人いないし」
と晴翔は言う。いろいろ話した結果、私は彼を『晴翔』と呼び、彼は私を『彩楓』と呼ぶことになった。いろんな話をするうちにとても気が合ってしまった。電話番号も交換した。晴翔は、
「いつでも遊びに来なよ」
と言う。やはり一人暮らしは寂しいのだろうか。晴翔の母は、数年前に心房中隔欠損症という病気で亡くなってしまい、晴翔の父は仕事で一年中海外にいるため、中一のころから一人で暮らしているらしい。私は彼の支えになりたい。せめて、友人として。