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第十四話



 それからおれっちたちは、『猫の隠れ家』を駆使しながら、領域の更に奥へと入っていった。

 この森に生息しているはずのない、布と綿でできた魔物。
 それを、操るものが潜んでいるかもしれないという可能性。
 親が目を離した隙に、さらわれてしまった子供。
 『海の魔女』との関連性。


 それは全て関わっていて、繋がっているのか。
 あるいは、全く関係ないのか。
 どちらにしろ、それは偏った魔力の高め方をしている、この不可思議な領域を作り出した張本人を見つけ出せば分かるのだろう。


 その魔力は、『火(カムラル)』と『闇(エクゼリオ)』。
 ごしゅじんが好む魔力。
 心地良さげというか、表情は変わらないものの、気分が高揚しているだろうごしゅじんのことを肌で感じつつも、天井すら塞ぐ森の木々を掻き分けていって。


 辿り着いたのは、森に溶け込むように佇むお屋敷だった。
 そこが目的地であるのか、ふよふよと浮かぶ様々な色形をしたぬいぐるみたちが数多くその周りを徘徊している。


 「どうやらここがあの子たちのアジトみたいだけど」

 さて、どうしようか、とばかりに一同を伺うレンちゃん。
 その視線がごしゅじんに向いたところで、前々から考えていたのか、元よりそのつもりだったのか、ごしゅじんは一拍置いて口を開く。


 「……私が行きます。ここで待っていてください」

 レンちゃん、ジストナちゃん、キィエちゃん。
 順々に顔を向けごしゅじんは返事を待つより早く歩き出す。


 「え? ちょっとまっ」

 慌てて引きとめようとするレンちゃんの声が聞こえたが、それもごしゅじんが闇の幕をくぐったことで届かなくなる。

 それでも追いかけてくるかなと思いごしゅじんの肩越しの乗り出してみてみれば、その気配はなかった。


 (キィエちゃんあたりが引き止めたのかな)

 『猫の隠れ家』がきいている以上、ここは任せて様子を見たほうが得策。
 今さっき会ったばかりの、素性も目的も分からぬごしゅじんだからこそここは動かず泳がしておくべきだ。

 なんて考えているかどうかは分からないが、動かなかったのは賢い選択だったとおれっちは思う。
 ごしゅじんにしてみれば、あのぬいぐるみたちは見覚えのあるもので、彼らを操るものも知り合いかもしれない、なんて思っているようだから、自分が襲われることなど露にも思ってないのだろうが。

 仮に襲われたとしても、ごしゅじんにぬいぐるみたちの目がいけば、それはレンちゃんたちにとって屋敷に入り込める大きな隙となる。

 まぁ、おれっちの『猫の隠れ家』はウチの世界の英雄クラスでないと見破れないものだから、勝手に屋敷に入るだけならば、実は簡単なことだろう、なんて考えていたんだけど。


 そんな中ごしゅじんは、こっそり屋敷に侵入してやろうなんて考えを真っ向から否定するみたいに、しっかりとした足取りで屋敷の正面玄関口へと歩みを進める。

 当然、屋敷の周りを見回っていたぬいぐるみたちはそれに気付き、各々の小さき得物を掲げ次々と近寄ってくる。



 「……ティカです。テヴィア・ヴァレンさんはご在宅でしょうか」

 あれよあれよという間に、四方八方をぬいぐるみの衛士たちに囲まれるごしゅじん。
 それにおれっちが僅かに毛並みを逆立てると、それを抑えるみたいにごしゅじんはおれっちを一撫でし、心持ち胸を張るみたいにして、一歩前に出る。


 女の子にしてはかなり背の高いごしゅじん。
 その隠し抑えきれぬほどの魔力と、ほとんど変わらぬ白い表情。
 慣れているおれっちは、凛々しくて可愛いですむが、それはぬいぐるみたちとて相応の威圧となったのだろう。

 あるいは、ぬいぐるみを通して、ごしゅじんの言葉を聴いていたのか。
 途端、一斉に動きを止めるぬいぐるみたち。
 空を飛んでいたものは、次々と墜落してゆく。

 そして、近くに落ちた長い耳で空を飛んでいたうさぎのようなぬいぐるみを、ごしゅじんが拾い上げた時。
 それまで硬く閉ざされていた、チョコレートのような色をした扉が、ゆっくりと開いて……。


 
 そこからぬっと顔を出したのは、灰色の大きなもこもこだった。
 いや、それはよくよく見ると四足の獣だ。
 たくさんの毛に隠れて見えないが、顔もついている。
 
 においをかぐ限りこいつはぬいぐるみじゃない。
 種族で言えば、たぶん犬。

 ごしゅじんと犬、互いにしばらく無言で見詰め合って。
 先に反応したのはごしゅじんだった。
 目の前の大きなやつが可愛いかどうかはともかく、ごしゅじんは可愛いものには目がない。

 触って撫でたい、という衝動に駆られたのだろう。
 うずうずしている感覚が、おれっちにはよく伝わってきて。
 おれっちがそれに抗議するために、尻尾をばたつかせた時。


 「お主は誰だ? 何故父の名を、仕えるべきわが主のその名を知っている?」
 「な……っ」


 犬がしゃべる、だとっ?
 おれっちは自分を棚に上げて声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。
 だが、そいつはそのもこもこの毛のせいで前が見えないせいか、そんなおれっちに気がついた様子はない。
 前足後ろ足を揃え、ごしゅじんの答えをただ待っている。

 「私はティカ。テヴィアさんが父なら、あなたはステアさん? 主というのはわからないけれど……」

 するとごしゅじんは考える仕草をした後、律儀にも問いかけに答えてゆく。
 なんだ、この犬はメスなのか、と一瞬考えおれっちは首を振る。
 ごしゅじんは、目の前にいるお犬様にしゃべっているわけじゃないんだろう。
 いきなり喋ってきたかのように聞こえて狼狽したが、よくよく見てみればお犬様の口は動いていない。

 これはおそらく、他のぬいぐるみたちと同じように、遠隔で操っているのだ。
 それにすぐさま気付き、ごしゅじんはどこか違う場所にいる術者に向けて話しかけている。

 おれっちはそれに感心していたが、相手も似たようなものだったらしい。
 どこか狼狽した様子で、話しかけてくる。

 「嘘を言うなっ。ティカ様は、まだ六歳になったばかりのお子なのだぞっ、何故その名前を知っている、答えろっ」
 「……もうここを去ってから、十年以上は経っているのだけど」

 対するごしゅじんは、いつもの無口もどこへやら、随分と懐かしい響きがそこにはあって。

 「私は本物のティカよ。五歳の誕生日に、この世界から引っ越して……」
 「つまり、なんだ? ユーライジアとこっちでは時間の進み方が違うってことか?」

 とっさについて出たおれっちの言葉に、こくりと頷くごしゅじん。
 要するに、ユーライジアの十年が、こっちでは一年ほどということになるのだろう。


 「猫が、使い魔が人語を介するだと? まさか、本当にティカ様、なのですか……?」

 もう何度目かも分からない問いかけに、それでもごしゅじんは律儀に頷いて。


 「……はははっ。私は一体、何をしていたのだろうな」

 響いたその呟きは、長年に溜まり切った疲れが滲んでいて……。


               (第15話につづく)






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