第十話
そうして、改めて詳しく話を聞いて。
まず分かったのは、さらわれた子供というのは、ラウネ・イアットという名の、ロエンティの貴族のお嬢様であるということだった。
ロエンティ国の管轄である、森(というよりは、小さな山というべきか)の麓にあるレヨンの港町に住む、貴族一家の令嬢。
その貴族は、イレイズ国とロエンティ国に挟まれた運河を運航する商船を持っていたそうなのだが、『海の魔女』による被害せいでその運航すらままならず、その対処などに追われ、焦っていた親が目を離した隙に、一人になったところを狙われたそうだ。
逆に言えば子供をさらった犯人は、その子供を除けば誰一人その姿を見ていない、というわけで。
それだけ、犯人は慎重に事を運んでいるのか。
あるいは、他の理由があるのか。
はっきりとした犯人像が浮かばないなか、方向性の定まらない捜査依頼。
彼女たちのように、森で見慣れない魔物を見たということで森に入ったものは、少数らしい。
それは、直接事件の解決に繋がるかどうかが曖昧なせいもあっただろうが、それより何より、『海の魔女』の仕業であると疑っているものが多かったから、だそうで。
「どうして、その、『海の魔女』は疑われているの……?」
あるいは、そこまで疑われていながら、何故野放しにしているのか。
おれっちとしてはそこまで聞きたかったが、信じられない、といった風のごしゅじんの言葉を聞いていると、どうにも言葉が出ない。
まぁ、もともと喋るわけにもいかないんだけど。
「あら、ティカちゃんってば、そんな事も知らないの?」
字面だけで見ると上から目線の高圧的なものに思えるのに、見た目の幼さとその甘い声のせいか、全くそんな風には聞こえない、ある意味得なジストナちゃんの問いかけ。
そんなわけでごしゅじんが素直に頷くと、ジストナちゃんは親切にも、一からその事を教えてくれた。
どうやら随分な寂しがりやさん、というかかまってちゃんのようで。
人見知りの激しいごしゅじんにしてみれば、それはそれで取っつき易かっただろう。
これなら、うまいこといけば彼女たちはごしゅじんの友達になってくれるかもしれない。
おれっちはその瞬間、そんな風に保護者ぶったことを考えていたが。
そんな彼女たちの話を詳しく聞くに、おれっちたちのいるジムキーンなる世界は、大まかに分けて四つの大陸からなる世界だそうで。
今いるのは、その中でも一番大きな大陸である、キヨウグ大陸の、ロエンティ王国と呼ばれるところだとか。
ロエンティ王国には、先程話題にも上った、他の三つの大陸すべてに繋がる航路のあるレヨンの港町があるのだが、現在レヨンの港町から出る船は、そのほとんどが出航未定の状態らしい。
その理由は、話の流れですぐに予想はついたが、『海の魔女』が船を襲い沈めてしまうから、とのこと。
何でも魔女は屈強な船乗りの男の生き血が好物らしく、船に乗り合わせた男たちを一人残らず海に引きずり込んでしまうのだという。
操るものたちがいなくなった船のそのほとんどは、そのまま海の藻屑になるか、魔物や海賊の餌になり、辛くも港に戻れても残された女性たちはよほど怖い目に遭ったのか、まともに情報を聞き出せる状態ではないらしい。
それだけを聞くと、別に街中でさらわれた子供の件と関連性があると断定できる材料はないわけだが、犯人像が掴めないもどかしいこの状況の中、これも『海の魔女』のせいであると、いっしょくたにされてしまうのも、子供をさらわれた親にしてみればしょうがないのかもしれない、なんておれっちは思っていたけど。
「……違う。彼女はそんなこと、しない」
「ふーん? それって、『海の魔女』と知り合いみたいな言い草だね」
たぶん、ごしゅじんのその呟きは思わず出てしまったものだったんだろう。
小さな呟きであったが、それに耳ざとく反応したのはキィエちゃんだった。
それは、ジストナちゃんとは真逆といってもいい、警戒を隠しもしない硬い声色だ。
一見すると、物事を深く考えなくても溌剌と生きていける、みたいな雰囲気のある彼女だから、余計にきつく感じる。
おそらく、キィエちゃんはごしゅじんをいろんな意味で疑ってかかっているんだろう。
何を疑っているのかはともかくとして、そんなごしゅじんの潔白さを証明できるのは本人を除けばおれっちだけだから。
ごしゅじんのお友達増殖計画をついさっき発案した身としては、なんとかしなくては、なんて思っていたけど。
「私は、小さい頃彼女と一緒に暮らしていた。……だから、分かるの。そんな人じゃないって」
ごしゅじんは、キィエちゃんのその言葉を否定することも曖昧に濁すこともなく、正直にそう言ってのけた。
今、このロエンティの国で、誰にも知られ、矢面に立たされているだろう人物の関係者であると。
それに、ぴくりと反応するキィエちゃん。
今ごしゅじんを捕らえれば、重要参考人としての価値がある、とでも思ったのかもしれない。
真実のところは分からないが、そんな自分に対しまるきり無頓着なごしゅじんの代わりに、おれっちは背中の毛を逆立たせて警戒する。
それは、ある意味一触即発の雰囲気で。
「つまり、ティカさんがここにいるのは、『海の魔女』の無実を晴らすためにってところなのかな?」
それを遮ったのは、重い空気を吹き散らすかのような軽い気性を振りまく、レンちゃんだった。
首を傾げるごしゅじんよりも早く。
何か考えがあると見て、今にも襲い掛からんとしていたキィエちゃんが力を抜く。
おれっちは、三人が思っていた以上に深く繋がっている感覚に、内心舌を巻いた。
何らかの形で敵対するようなことがあれば厄介かもしれない。
できればそんな事態にならないことを祈りつつ、こちらも一声にゃあと鳴く。
「……うん、そう」
はっと我に返ったごしゅじんの言葉は、どこまでも正直なものだった。
もともとそんなつもりじゃなかったけど、知り合い以上の間柄なのだろう『海の魔女』が何だか疑われているから黙ってはいられない、という彼女の心情を如実に表している。
「はは。そっか。それなら私たちと一緒に参加しない? この依頼なんだけど」
相も変わらずさっぱりとした笑みを浮かべるレンちゃんの、その真意ははっきりしなかった。
ただ、なんとなく、ごしゅじんの『海の魔女』と知り合いであるという言葉を、キィエちゃんと違って、完全に鵜呑みにはしていないように思えた。
それが嘘でも本当でも別に構わないといった雰囲気。
実のところ、一番厄介なのはキィエちゃんじゃなくてレンちゃんなのかも、なんておれっちが考えを改める中、レンちゃんが取り出したのは、ギルドの依頼のために使われるらしい羊皮紙だった。
おれっちは、ごしゅじんの手から素早く肩口に移動し、その中身を拝見する。
それには、こう書かれていた。
《 『海の魔女』捜索・捕縛・討伐依頼。
参加資格:ギルドレベルに関わらず、女性の冒険者に限る。
募集人員:制限なし。
募集期限:『ピアドリーム』の月、十五日まで。
報酬:一人につき、百D(ドロゥ)
報酬も含めた、詳しい説明は同日、レヨンの港町、出会いの酒場『藍』、宵の刻にて 》
「……」
じいっと、真剣にそれを見つめるごしゅじん。
それが妹ちゃんなら、無駄遣いしなければ一年は暮らせるらしいその報酬に注目しているのだろう。
ごしゅじんはすぐに顔を上げ、無言の重圧をレンちゃん達へと与えていた。
『海の魔女』はごしゅじんの知り合いで、当然その人となりも知っている。
故に、捕縛、討伐云々の理由が分からない。
そう思っている自分自身に、こんな依頼を一緒にどうかなんて、一体どういう了見なのか。
ごしゅじんはきっとそんな事を伝えたかったに違いない。
何も語らずにそこまで伝わるのは、それこそおれっちかヨースくらいのものだろうと。
傍から見ればいらぬ誤解を生みかねないごしゅじんのその様に、内心気が気じゃないおれっちだったけど……。
(第十一話につづく)