エンジェル・ハート 5
野良ガキと呼ばれた僕たちの命綱だったフードバンクは今でもあるのだろうか。
「美味しかったな」
あの時食べたパンはお世辞にも美味しいとは思えなかった。
*
悲しいと思うことは、たくさんあった。
だけど僕は寂しさを感じなかった。
「食べる?」
俯き、傷だらけの愛理は膝を抱えたままこの場所から動かない。
「美味しいよ」
スミスの前にホームレスたちが長い行列を作っても僕たちは並ぶことさえできない。
僕たちに正式な権利などなかった。
企業から吐き出される余剰たる食料が僕たちの命綱だった。
木立の隅で食料が余るのを僕は待った。ホームレスたちに見つかれば、また、衝突が起こる。
不安げな顔でスミスを覗くと、スミスの顔には笑みがあった。僕はそっと指を二本立てた。
「OK」
微かに動いた口元に僕は感謝した。一番、人気のないパンでもいいから、愛理に食べさせたかった。
木立に凭れた僕は行列が途絶えるのを待った。雨だれを数える今のように、ぼんやり行きかう人波を眺める。
葉桜に、なんの変化も見られない。
穏やかなレクイエムだけが聞こえる。
猫になって気づいたことがある。
人間という生き物は不自由だ。
肌の色。人種差別は巨大な貧困層を作り出した。広大なスラム街。宗派だって、不の連鎖を作りだすだけなら最初から要らないとスミスは言う。
スミスの国籍はアメリカだ。
世界中で起こる暴動は差別のなかから生まれた神の仕業だと、スミスは僕たちに話しをしてくれたことがある。
スミスはけっして差別をしない神様のような人だ。反対に僕たちを差別しているのは同じ日本人。
これが区分だと日本贔屓のスミスは覚えたての日本語をなんどもなんども呟いていた。
*
生きるための戦いが聖戦なら、
自己のために戦うことをなんと言うのか、スミスは僕たちに問題を出したことがある。
僕は答える前に離れ離れになってしまったけど、答えは聞かずとも分かっている。
それはエゴ、
ホームレスたちとの衝突は聖戦だった。誰もが生きるために戦う。
たった一つのダンボールでさえ縄張り争いが絶えなかった。