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【レヴィ・クラウジウス Ⅲ】

 魔導具の影響などではなく、真白が感情を飲み込み、我慢しているのは、少し見ていればすぐにわかった。
 レヴィもベゼルも、かつてはそうやって生きてきたのだ。わからないはずがなかった。
 黙って受け身にまわっていれば、たいして痛手を被ることなくやり過ごせる。
 我を通すなど愚の骨頂。理不尽すら飲み込んでじっと耐えていれば、少なくとも致命的な傷はもらわずに済む。
 抵抗する術を持たず、押さえつけられるだけだった幼い頃。周りはすべて、彼らを虫けら扱いするような連中ばかりで。
 どうしようもない現実をただ受け入れて受け流す。それが、唯一の生き延び方だと思っていた。
 この女はいままさに、あのとんでもなく惨めで辛かった場所にいるのかと思うと、つい考えなしに手が出た。
 その結果として胸にしがみつかれてしまったが、気まずいからといって大泣きしている女を無下に引き離すのは酷だろう。

「時間はかかっても、ちゃんと元いた場所、元いた時間に戻れる手段を見つけるから、安心して。もちろん、こちらでの生活も、ちゃんとボクらが面倒みるし」

 理由はどうあれ、泣かせたのはレヴィだ。せめて真白が泣き止むまで。そう割り切って慰め役に徹していたレヴィは、しかし。
 聞き捨てならない言葉を拾い、眉を顰める。

「――……ちょっと待て。ちゃんと面倒をみるとは、ウチでか?」

「うん。真白ちゃんの事情を把握してて、あれこれ手助けできるのって、ボクらだけでしょ」

「それはそうだが、男所帯に女がひとりだぞ? 世間からどんな目で見られると思っている」

「え~。ボクらの世間体なんて、いまさらでしょ。元はといえば、師匠が集めるだけ集めて放置してた魔導具が原因なんだし、人任せにするなんて無責任じゃないか」

 世間体のためにか弱い女の子を放り出す気かと柳眉を逆立てるベゼルを心底呆れた目で見遣り、レヴィはこれみよがしな深い溜め息を吐き出す。
 自分たちのことはいい。いまさらなにを言われようと、痛くも痒くもない。
 だが、真白は違う。

「阿呆。オレたちじゃあない。真白の世間体だ」

「あー……うん。それは、うん。そっちは大事……かも。でもなあ。あ、そうだ。だったらいっそ、師匠の遺した魔導具の暴走に巻き込まれて記憶を気なくしたの毒な人を保護したってことにしちゃえばいいんじゃない?」

 元賢者の屋敷には珍しい文献や魔導具があるからと、わざわざ遠くから、様々な職種の人間が見学を希望して訪ねてくる。
 あまりにも頻繁で、訪ねてくる人数も多いことからふたりは、当たり障りのない――と思われる――ものを幾つか、敷地内の四阿(あずまや)に展示し、一般に広く公開していた。
 美しい庭の散策ついでに珍しい魔導具を見られるとあって、人気は上々。日に何人も、見学者がやってきている。
 魔導具はすべて保管ケースに入れてあるし、厳重に封印もしてある。
 見学だけならご自由にどうぞと無料で解放された庭は、いまでは人気の散歩コースだ。
 真白を、四阿の側で倒れていた観光客、ということにしてしまえば一応の体面を保てるのではないか。
 ベゼルはそう言いたいらしい。

「ふむ。それなら責任を取って、記憶が戻るまで保護するという名目も立つが、アデリー……いや。陛下はどうする」

 こんな面倒な事態を引き起こすきっかけとなった人物の名を出し、レヴィは嫌そうに顔を顰める。

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