【レヴィ・クラウジウス Ⅰ】
レヴィ・クラウジウスという男を言いあらわすならば、『強面の無愛想な男』。この一言に尽きる。
常に機嫌の悪そうな目元と、引き結ばれた唇。加えて吐き出される言葉には、愛想の欠片もない。
その生い立ちを考えれば致し方ないことなのかもしれなかったが、致命的とも言えるほど、冷たい印象を身に纏った男だった。
頭に生えた獣の耳と、尻から伸びた長い尻尾。
ひと目で獣人との混血であるとわかる特徴を持つレヴィは、物心ついてからずっと、心ない言葉に晒されて生きてきた。
イルヴォザーク王国には、獣頭を持つ生粋の獣人はほとんどいない。
なぜならば、獣人族といえば、イルヴォザーク王国に幾度となく侵略戦争を仕掛けてきた隣国、サクヘット王国人の特徴だからだ。
生粋の獣人族はイルヴォザーク王国ではまず歓迎されない。それゆえ獣人族がイルヴォザーク王国に住みつくことはなく、たまに存在する混血児はたいてい、戦時中、不幸な目に合わされた女の産み落とした忌み子である。
幾度となく侵略戦争を仕掛られた人々の恨みは深く、終戦を迎えたいまでも、混血だと言うだけで、人々は蔑みの目を向けてくる。
ベゼルという相方ができた後も。養父に引き取られた後も。
彼の元、ベゼルと共に功績をあげた後でさえ。
レヴィが獣人族との、ベゼルが他国人との混血だというだけで、人々の視線は冷たく、そして残酷だった。
そのせいか、レヴィは長じるにつれ、人を切り捨てるような冷たさを身に纏うようになった。
それに対して、レヴィとは真逆の方向へ捻くれてしまったせいか。
対のように存在する相方――ベゼルは、笑顔で人を煙に巻く手管を身に着けた。
威圧と懐柔。
レヴィがすべての悪意を寄せ付けずに撥ねのければ、当然のような顔をして、ベゼルが笑顔で止めを刺しに行く。
そうして、にこやかなベゼルの瞳の奥にある抜け目のなさを見抜いた者は、愛想のよさの根底にある底知れなさに怯える羽目になる。
常ならば、レヴィよりもベゼルの方が他人の悪意に容赦がない。
だが、レヴィの耳を指差して失礼な叫び声をあげた女に対してなぜか、ベゼルはどこかひけ腰な反応を見せた。
良くも悪くも、レヴィもベゼルも、一般人とはかなり異なる。
感覚も考え方もなにもかも、育ててくれた養父寄り――というよりこれはもう、虐げられられてきた幼い頃に培われた、自己防衛本能のようなものだ。
敵意には敵意を。害意には害意を。向けられた感情をそのままはね返し、徹底的に叩き潰す。
それが唯一、生き延びる術だった幼い頃。
養父に手を差し伸べられ、押しも押されもせぬ地位を手に入れたいまでさえ、無意識なものから、意図的なものまで。彼らに向けられる視線は、おおむね蔑みに満ちている。
だから、レヴィが見知らぬ女に対して感じた感情は、
(またか……)
たったそれだけ。
素性を問おうとも、誰何しようとも思わなかった。
違和感に首を傾げることとなったのは、なんの躊躇いもなく女を睨みつけた後。レヴィが女を威圧した瞬間。なぜか相方がおろおろと狼狽え出し、取り成そうとしたのを見て、だ。
不思議に思い、あらためて見てみても、特に変わったところはなにもない。一見してどこにでもいそうな、平凡な女だった。
年の頃は二十歳そこそこ。
長い黒髪の、線の細い女。
小動物めいた大きな瞳と、すらりと通った鼻筋。きゅっと引き結ばれた薄い唇。
豊満な肉体は目を引くものがあれど、全体的な覇気のなさが、完膚なきまでに色気を相殺してしまっている。
どう見ても、どこかの令嬢という風でもなければ、誰かの使者という風でもない。
こんな女になにを狼狽える必要がある。
そう訝しんだレヴィは、けれど。すぐに自分の考え違いに気がついた。