【いやだ。揉めないで――…… Ⅴ】
幼い頃にもこうして、真白が泣いていればやってきて、寄り添ってくれる気配があった。
父がいて、母がいて、幸せだった頃の記憶。
記憶の底に沈んでいた、懐かしい思い出。
忘れ果てていた記憶がよみがえってきたのはレヴィの右の瞳が、ほとんど色のない、白に近い綺麗な青だったせいかもしれない。
真白の好きな、薄くて透明感のある青。
幼い頃、父母に連れられて見に行った、
浅葱色と藍色の中間にあたる、薄くて綺麗な繊細な青い色。
縹色系統の中でもっとも淡い、青みを含んだ白い色。
青と呼ぶには淡い、白と呼ぶには鮮やかな、そんな色。
対になる左目が、夜目にも鮮やかな朱を帯びた
布地を染めあげていた繊細な青は水晶体の煌めきを得て、どこか神秘的な色合いとして、真白の目に映る。
(虹彩異色症……天然、じゃなくてこれは……あの子と一緒で、怪我のせいだ……)
虹彩異色症。左右の眼で虹彩の色が異なる、もしくは、一方の虹彩の一部が変色してしまった瞳。
先天的な特徴として現れるほか、遺伝子疾患、後天的にはある種の疾患、または、虹彩萎縮や、事故による虹彩の損傷等の要因によって現れる。
レヴィの顔には、額から右目を通って頬まで続く、深かったであろう大きな傷跡がある。
失明こそしていないようだったが、この怪我が元で彼の右目は、瞳の色が変わってしまったのだろう。
歪で醜い傷跡は、男の無愛想な表情と相まり、そこはかとない迫力を醸し出している。
だが何故か、怖いとは感じなかった。
真白の心の中までもを覗き込もうとする真摯さが。
本心から真白を案じてくれているのだとわかる声音が。
怯えて縮こまっていた気持ちを優しく撫でていったような、そんな気がして。
真白はついに堪えきれなくなり、感情の命じるまま泣き出してしまった。
普段の真白なら、レヴィのように黙っていてもそこはかとない迫力のある人種とは、目を合わせることさえできず、俯くことしかできなかっただろう。
だが、男の左右色の異なる瞳は、真白に昔実家で飼っていた、雑種の大型犬を思い出させた。
幼かった真白を庇って目に怪我をした犬の瞳は変色し、傷が癒えても元には戻らなかった。
(あの子の目は、茶色だったけど……)
朱金色の瞳はいつも寄り添ってくれていた愛犬と同じく穏やかで。
真白は幼かった頃、愛犬にそうしていたように、レヴィの胸に縋りつく。
ぼろぼろと溢れて落ちる、大粒の涙。ずっと胸の奥に刺さったままだった小さな棘まで洗い流してゆくような、感情の奔流。
ずるい、と思った。
無愛想で、真白のことなんて意に介していないような態度だったくせ
をして。
こんな、全部見透かしたような優しさは、ずるい。
自分の感情を誤魔化すことも、当たり障りのない対応を、なんて取り繕う余裕もなく。
ぎこちなく背を撫でてくれる大きな手のひらに安堵した真白は、長年溜め込んできた虚ろを吐き出すように、両親を亡くしてからはじめて、声をあげて大声で泣いた。