【いやだ。揉めないで――…… Ⅳ】
賢く大人しくさえしていれば、誰からも嫌われずに済む。
幼い頃に真白が学んだ処世術は、けれど。何故かレヴィには通用しなかった。
「無理に我慢しなくてもいい。取り乱したい気持はわかる。好きなだけ罵ってくれたっていいんだ。だが真白。現実は時として無情だ。起こってしまったものはもう、どうしたって元には戻せない。納得がいかなかろうが不本意であろうが、受け入れなければ先へは進めない。――……わかるだろう?」
あっさりと虚勢を見抜かれ、大きな手が優しく真白の髪を撫でる。
背の中ほどまで伸ばした、まっすぐな黒髪。絹のような手触りの、唯一祖母に褒められた、真白の自慢。
それ、を。男の無骨な指先が、慰撫するかのようにゆったりと撫でてゆく。
ずくん、と胸の奥が鈍く痛む。
レヴィのこの優しさは、いまの真白には酷だ。
彼は真白のことをなにも知らない。知らないから、こうして優しくしてくれる。
彼にとっての真白は、魔導具の暴走に巻き込まれた、可哀想な被害者だ。保護すべきか弱い存在だと思っているからこそこうして、優しくしく接してくれている。
勘違いなどして頼りきってしまえばきっと、彼もまた祖父母のように迷惑そうな顔をするようになってしまうだろう。
やめて、優しくなんてしないでと、真白はレヴィから目を逸らせぬまま、内心で悲鳴をあげる。
辛いとき、悲しいときに優しくなんてされたら、涙腺がもたなくなるから。
憐れみから一転、疎ましいものでも見るような目で見られたら。
頑張って頑張って築いてきた張りぼてが、一気に崩壊してしまうから。
ずっとひとりで生きてきた。これからもずっと、真白はひとりのままかもしれない。
だからやめて。わたしを甘やかさないで。
そう、拒もうとしたのに――……。
「怖か……ったの」
感情は理性を裏切り、ぼろぼろ涙がこぼれて落ちる。
見知らぬ部屋にいると気づいた瞬間から、真白は底知れぬ恐怖の中にいた。
状況を説明されても、ベゼルとレヴィが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれても。どうしても震えが止まらないのは、いまだ拭えぬ恐怖のせいだ。
自分の身になにが起こっているのかわからない。それほど怖いことはない。
「なにが起こってるのかわからなくて、どうしていいのかもわからなくて……」
「だろうな」
「ふたりに会えて、ほっとしたの。でも、なんの話をされてるか、ちっとも理解できなくっ……てッ」
ヒック、と小さく喉が鳴る。
力強い手にわしわしと頭を撫でられるともう、我慢できなかった。
堪えていた感情が、ぶわりと溢れてこぼれ落ちる。
後はもう、なし崩しだった。
堪えていた涙が次から次へと溢れ出し、真白の頬を伝う。
「大丈夫だ。心配しなくていい。理解できなくて当たり前だ。オレだとて、ベゼルの言うことは半分もわからん」
専門知識がないのだからわかるはずがないと、低い声が優しく真白を慰める。
そっと傍らに寄り添う、温かな気配。
ふと既視感を覚え、真白は遠い昔に思いを馳せる。