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【いやだ。揉めないで――…… Ⅲ】

 まっすぐに真白を見つめてくる、左右色の違う獣の瞳。
 こんな目立つ特徴を、真白はいまのいままで見落としていた。
 レヴィがあまり真白を見なかったせいもあるだろうが、なにより。真白にそれだけ、周りを見る余裕がなかったということだ。
 鋭さと剣呑さ。厳しさと優しさ。雄大な大地を駆ける野生動物だけが持つ独特の雰囲気を備えた、左右色の異なる稀有な瞳。
 野性味をたっぷりと含んだ男に真正面から見据えられ、真白の背を、ぞくりとした感覚が走り抜ける。
 異質な瞳が怖かったわけでもなく、ただ。
 すぐ側で跪き、じっと真白の目を見るレヴィが、あまりにも真剣すぎて。

 ――……たぶん、気圧されたのだ。

「詫びとして、あんたを元いた場所に戻せるよう、最大限の努力をすると誓おう」

 低く呟かれる、謝罪の言葉。
 自分の謝罪が受け入れてもらえるかどうかなど欠片も気にしていない様子で、真白を安心させようとする気遣いだけを向けてくる、大柄な男。
 レヴィとベゼルの温度差はあきらかで、彼ははじめから、最悪の事態を想定して話をしていた。
 淡々と冷たくベゼルをあしらい、けれど。真白が震えているのに気づくと、毛布で包み、温かな紅茶を入れてくれた。
 無愛想な気紛れ者。それが、真白が彼に持った第一印象だ。
 でも実際ははじめから、彼は真白の先行きが明るいものになるよう、精一杯心を砕いていてくれた――らしい。
 ベゼルとの会話から垣間見えた、不器用な優しさ。
 そしていままさに、自分へと向けられている彼の、無骨なまでの誠実さ。
 彼は――レヴィもベゼルも、まっすぐに真白を見て話す。
 信頼に足る人物だと知らしめる、己に恥じるところがないからこその潔さ。
 彼らを拒絶してしまえばもう、真白は自分をあきらめるしかなくなってしまうだろう。
 だから、もう少しで泣きそうになっていたことなどおくびにも出さず、真白は小さな笑みを無理矢理、唇に浮かべてみせる。

「謝らないで。どっちの言い分も、間違ってはいないんでしょう?」

 泣いたって、相手をなじってみたって、状況は好転しない。
 困った時は、冷静に。少し困ったような穏やかな笑みを浮かべていれば少なくとも、事態が悪化することはない。
 レヴィが真白を案じてくれていたらしいことは、言葉の端々からちゃんと伝わってきている。
 だが、最初に不機嫌な顔を見ているせいだろう。
 レヴィの言葉に嘘偽りはない。そう思えるのに。
 真白の口をついて出たのは、ごく当たり障りのない言葉だった。

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