【いやだ。揉めないで――…… Ⅱ】
いまここで、泣いてしまいたくはなかった。
泣いてしまえば虚勢が崩れる。どんなときも冷静であれば、なんとかやりすごせる。
でも、感情的になってしまえば視野は狭まり、結局は自分の首を絞めてしまう。
だから、自分の存在が原因で喧嘩になる前になにか言わなくちゃと狼狽えた真白は、なにを言えばいいのかわからないまま口を開こうとしたのだが。
真白がなにを言うより早く。
「なる! てか、してみせる。術式そのものを見てるんだ。これでなにもできなかったなんてことになったら、師匠がどやしつけに化けて出てきかねない」
レヴィの小馬鹿にしたような口調などなんのその。キリリと表情を引き締めたベゼルが颯爽と立ち上がり、力強く断言する。
「――……そのオヤジの遺した不始末なんだが、まあ。言ったな?」
「言ったともさ。悪い? なんとかできる可能性のあることをできないって言っちゃうのは、卑怯者のすることでしょ」
レヴィに挑発され、逆に火が付いたのだろう。自信がなさそうだった様子から一転。
ベゼルが、これでもかと薄い胸を張ってみせる。
為せば成る、為さねば成らぬ何事も。そんな意気込みに溢れたベゼルを、しかし。レヴィは軽く一蹴する。
「ほう。なら、口に出した限りは、なにがなんでもやり遂げるんだな?」
「当然でしょ! 有言実行はウチの家訓みたいなものじゃないか」
突如としてはじまった温度差のある言い合いにおいていかれ、真白はただ困惑する。
なんとかしてみせると断言したベゼルを見る、してやったりと言わんばかりに眇められた鋭い眼差し。
ニヤリと吊り上げられた唇は、悪戯が成功した子供のように楽しげで。
「家訓なあ。家訓てえよりゃありゃあ……いや。そんなこたあ、いまはどうでもいい。言った限りはせいぜい励めよ、ベゼル。この件に関しては、二言は認めてやらん」
真白は、レヴィの声に込められていた冷ややかさが、意図的なものであったことに気がつく。
「って、え? あれ? うっそ、丸投げ? 丸投げする気なの、レヴィ!」
真白にわかったくらいだ。付き合いの長いベゼルにわからないはずがなく。
言われた意味を取り損ねたかのように一瞬首を傾げたベゼルだったが、すぐにレヴィにいいように乗せられたのだと気づき、悲鳴じみた声をあげる。
「魔導具のことなぞ、オレがわかるわけないだろう」
「ちょ、分類は無理でも、せめて発掘くらいは手伝ってよ!」
「知るか。オレの分担は書物の整理だと、おまえ自身が言ったんだ」
「ずっる……ッ」
なおも食い下がろうとするベゼルをあしらい、片足が悪いとは思えない動きで立ち上がったレヴィがテーブルを回り込み、真白のすぐ目の前に跪く。
「聞いてたな?」
「え? わ、わたし?」
会話についてゆけず、ぽかんとふたりを眺めていた真白は、ふいに穏やかな声で話し掛けられ、目を白黒させる。
まさか、このタイミングで話しかけられるとは思ってもみなかった。
そんな困惑が顔に出ていたのだろう。
「あいつはどうにも移り気でな。きっちり言質を取っておかんと、すぐに興味が他へ移る。釘を刺すためとはいえ、いまのあんたには酷なことばかりを口にした。その件については、心より謝罪する」
目を
深く染みわたる、少し掠れた低い声。
挑発めいた言葉を口にしたときとも、ベゼルと掛け合いをやっていたときとも違う。
ゆっくりと、子供に言って聞かせる大人のそれ。
目線の位置を合わせ、じっと視線を合わせてくる眼差しは、酷く真摯で。
レヴィの瞳を見つめ返し、真白は思わず息を飲む。