【いやだ。揉めないで――…… Ⅰ】
いまでこそ、水は水、火は火、といった具合に共通の紋様が定められているが、その昔。強大な魔力を誇る魔導師たちが数多く活躍していた時代。
魔導具は、オリジナリティを極めてこその芸術作品として扱われていた時期があった。
しかも、国境争いや侵略戦争、はては宗教問題まで。争いが絶えぬ騒乱時代だったこともあり、『古の遺産』とは、とてつもない破壊力を秘めた広範囲型の攻撃魔法を組み込んだ物がほとんどだという。
水の紋様だと判じたものがよく似た別の紋様で、木々をも薙ぎ倒す強力な突風が吹いたり、地面に大きな穴があくほどの大爆発を起こしたり、と。
いまでも、魔導具の研究には必ず、悲惨な事故がつきまとう。
発動した術式が生活魔法の範疇内ならまだいい。雷を呼んだり、氷の礫を放ったり。そんな攻撃魔法が暴走してしまえば、大惨事必須。
下手をすれば研究者を巻き込んで、辺りに多大なる被害を与えてしまう。
安全対策を施した研究室でさえ、誤作動や、使用方法の誤りなど。一度魔導具が暴走してしまえば、周囲に大きな被害が出る。
真白を元いた世界に戻すためにはまず、そんな危険性をはらんだ魔導具の整理からはじめなければならないという。
真白が魔法についてなにも知らない素人であっても、帰れる望みが薄いのは理解できた。
僅かな可能性に揺らめいていた天秤が、再びあきらめる方へと大きく傾く。
(――……泣いちゃ、ダメ)
泣いたって、自分が惨めになるだけだ。
感情のまま、泣いて喚いて。目の前の出来事を拒否して。
それで事態が好転するなら、いくらでも取り乱す。
けれど、現実はそう甘くない。取り乱せば取り乱しただけ立場は悪くなり、結局は自分の首を絞めてしまう。
『女はなにかあれば泣けばいいと思っているから困る』
かつて言われた、心ない言葉が蘇る。あの時も、真白は巻き込まれただけだった。
なにもわからず困惑する真白を置き去りにして、憶測だけで移行されてゆく事態。
なにも悪くないどころか。巻き込まれたことすらわかっていなかった真白を、周囲の人々は口々に責め立て――心細さから涙を見せた真白を、卑怯者を見るような目で蔑んだ。
すべてが誤解だとわかり、正式な謝罪を受けたがそれでも。真白の心には深く、心ない言葉の数々が突き刺さったまま残っている。
だから、泣いてしまうわけにはいかなかった。
あの時のように、『これだから女は』と蔑んだ目を向けられるくらいなら。
不安もなにもかもを飲み込んで、気丈に振る舞う方がいい。
「――……魔導具の特定ができりゃあ、なんとかなるってな口ぶりだな?」
俯き、こぼれ落ちそうになる涙をなんとか堪えていた真白の耳に、レヴィの、挑発しているかのような低い声が届く。
出来もしないことを言うな。そんな呆れを含んだ声音。
先ほどとは違い、その声にはベゼルを叱責する色はない。代わりに、どこか小馬鹿にしたような、底冷えのする冷ややかさがあった。
(いやだ。揉めないで――……)
ここが真白の住んでいた世界とは別の世界だとか言われても、感情ではなにも納得できていない。
感情の置き所すら定まっていないというのに、目の前で争いがはじまってしまうような事態になれば、間違いなく泣いてしまう。