ここ、どこ? Ⅱ
(なにがどうなってるの……?)
状況がまるで把握できず、真白は小さく震える。先ほどまで、確かに夜の商店街を歩いていた。
駅前通りという割りに寂れた、古い古い商店街。街灯も少なく、歩くのにも難儀するような継ぎ接ぎだらけの、慣れ親しんだ通り道。
なにが起こっているのかわからず、助けを求めて闇雲に視線を巡らせた真白は、部屋の片隅。
ちょうど飾り棚の陰になる位置で大きく目と口を開けて呆然と立ち尽くすひとりの青年を見つけ、息を飲む。
人がいるとは思ってもみなかった。
すがる思いで声をかけようとした真白はけれど、すんでのところで思いとどまる。
なぜなら、信じられないものを見たような、あるいはとんでもない失敗をしでかしてしまったような。そんな表情でまじまじと真白を見下ろした青年は――……。
「しぃしょおぉお~ッ! 取り扱いに注意が必要な魔導具には、ちゃんと要注意って札付けといてくださいよぉうッ。『界渡りの魔導具』なんて稀少品、なんだってガラクタと一緒くたにしてあるんですかぁあッッ!!」
真白が夢幻などではなく確かにそこに存在しているのを、何度も何度も目を擦って確認するや、突如として天に向かって大声で吠えたのだ。
ぎょっと身を竦ませ、真白は無意識に床を這いずり後退る。
だが、部屋の中にはなぜか木箱が山積みにされており、すぐに退路を塞がれる。
これ以上は逃げ場がないという恐怖から、真白が悲鳴を挙げそうになった、その直前。
「煩せえよ、ベゼルッ。オヤジの遺した魔導具が暴走する度に吠えるなっつって、何度言ったらわかる!」
バン! と大きな音がして扉が開き――大柄な男が杖を突きながら入ってきたかと思ったら、間髪を入れず大声で青年を怒鳴りつけた 。
叫ぶタイミングを外され、真白はきょとんと目を|瞬《しばたた》く。
こちらも耳をつんざく大声だったが、自分に向けられたものでない分、恐怖よりも驚きが先に立つ。
怒鳴るだけ怒鳴って気が済んだのか。さっと踵を返して戻って行こうとする男を見送りかけ――真白はハッと我に返る。
出入り口がひとつしかない部屋の中に、男がふたり。しかも、その唯一の出入り口を塞がれている状態だ。
逃げ場を探して視線を彷徨わせた真白は、けれど。
「だってレヴィ!」
「いい年した男が、『だって』だとか言ってんじゃねえ」
「もう! 同い年のくせに説教くさいこと言わないでよ! じゃなかったッ。アレ見てアレッ! アレを見たらお説教どころじゃなくなるから!」
「ああ?」
青年に顔を掴んでぐりん、と無理矢理横を向かされた男の姿をはっきりと視界に収め、硬直する。
青年の指さす方向――真白――を見て、男もまた、鋭く吊り上がった目を大きく見開く。
一瞬の、限りない沈黙。
「なんっだ、この女ァ!?」
「嘘ぉ。リアル獣耳ィッ!?」
ふたり同時に叫び、お互い穴が開くほど凝視し合う。
男は真白の服装を、真白は男の頭ににょきりと生えた、獣の耳を――……。
無言で見つめ合うふたりの間には鬼気迫るなにかがあった。
後にこの時のことを振り返った青年――ベゼルはそう語る。
――……とにもかくにも、こうして真白の日常はあっけなくも覆り、新しい生活が、否応なしにスタートしたのであった。