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【前触れ Ⅱ】

 テレビというものは往々にして、物事を大袈裟に報道するものだ。
 災害時の報道でさえ、あるがままをあるがままに放送してはいなかった。
 だから。
 賢人ははじめ、そのニュースを対岸の火事でも眺めるような気分でもって見ていた。

 アフリカの小さな田舎町で新型の狂犬病が確認されたというニュースが日本を騒がせたのは、3ヶ月ほど前。
 冬を間近に控えた、11月半ばのことだった。
 遠い国の出来事だということ。
 狂犬病の国内での感染が確認されなくなって久しいこと。
 ワクチンがすぐさま開発されたことなどなど。
 騒動はあっという間に下火になり、徐々に人々の記憶からは薄れていった。
 その新型狂犬病が、とうとう日本に上陸したという。
 しかも、一晩で死者多数。感染者数に至っては、把握しきれていないらしい。
 さすがに荒唐無稽すぎて、にわかには信じがたい話である。
 もしかしたらシミュレーションに基づいた再現ドラマかなにかかもしれないと思い、賢人は無言で他のチャンネルを回す。
 時計を見れば、朝の情報番組が面白おかしく今日のテーマを語っている時間帯である。
 格安日帰り旅行のプラン紹介だったり。
 人気のお店の紹介だったり。
 流行りのワードの検証だったり。
 出演者が賑やかしくスタジオでコメントを述べ、騒がしくしている局がひとつくらいはあるかと思いきや。
 どの局を回してみても、新型狂犬病が猛威をふるい、一晩でかなりの数の死者が出たと繰り返している。
 どうにも信じがたいが、新型狂犬病が日本に上陸し、昨夜のうちに猛威をふるったということに、間違いはなさそうだった。

「――……狂犬病って、そんなすぐ発症するようなもんだっけ?」

 テレビを見ながら首を傾げ、賢人は小さく独り言ちる。
 あいにくと、賢人に狂犬病についての知識はない。
 だが、インフルエンザに何日間かの潜伏期間があることくらいは知っていた。
 感染して即発症。しかも一晩で感染拡大。

 そんな感染症、あるのだろうか?

 ひょっとしたら自分が知らないだけかと思い、賢人はコーヒー片手に自分の部屋へと移動する。
 パソコンを立ち上げ、新型狂犬病について検索をかけてみれば。
 出てきたのは、『日本オワタwww』だの『【朗報】日本終了のお知らせ』だの、ふざけたものばかりだった。
 スマホも同じく。
 しょうがないのでリビングへと引き返し、つけっぱなしのテレビに目をやる。
 どの番組でも、キャスターは切迫した声で感染力の強さを訴え、しきりと注意喚起を呼びかけている。
 しかしながら賢人の持つ理解力では、なにをどう注意しろと言われているのか、いまひとつ理解できなかった。
 外へ出るなと言ってみたり、いまのうちに備蓄を買いに行けと言ってみたり。
 なるべくなら仕事や学校を休めと言ったかと思えば、慌てず騒がず、いつも通りの日常を送れと言う。
 辛うじてわかったことは、ごく僅か。

 ・『新型狂犬病の感染者は凶暴化し、手当たり次第噛みついてくる』ということ。
 ・『感染経路はいまだ特定されていないが、恐らく接触感染だろう』ということ。
 ・『発症したら、治療法がない』ということ。

 その三点くらいだ。

「う~ん?」

 小さく首を捻り、賢人はくるりと背後を振り返る。
 状況を把握してわかりやすく説明してくれそうな、頭のいい人ならばいる。
 同居人の(さかき) 恭介(きょうすけ)なら、一般人には馴染みのない専門用語を駆使して矛盾を垂れ流しているキャスターたちの言葉から、必要なことをきちんと読み取れるはずだ。
 聞けば、懇切丁寧、説明もしてくれるだろう。

「でもなあ。寝起き悪いんだよなあ」

 とはいえテレビからは、『パンデミック』がどうの、『アウトブレイク』がどうのと、聞き慣れない単語が、次々と聞こえてくる。
 悩むこと数分。

 ――……テレビの画面がスタジオから生中継へと切り替わり、新型ウィルスに感染したと思われる人々の映像が流れたのを見た途端。賢人は同居人を起こすべく、慌てて幼馴染みの部屋へと走り込んだ。


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