牡丹
ようやく最後の一段を登り終えた先に広がっていたのはいくつものお墓だった。
お盆の時期とは少しずれているため、僕ら以外に人影は見えない。
僕たちはいつの間にか追いついてきた赤い空と立ち並ぶお墓を交互に眺めながら、墓地の背面に迫る山の木々が影を作っている一角へと辿り着いた。
そこには他のお墓と大して変わらない、何の変哲もない墓石が建っていた。
「ここね」
「うん、ここだね」
ここに来てやっと僕は彼女の隣に並んで立つ。
二人で首肯して、一度後ろを振り返ってみた。
そこには先ほど彼女が愚痴をこぼしながらも登りきった石畳の階段や、人通りの少ない田舎道、ソーラーパネルの並ぶ家々の屋根、そしてもっと遠くには夕日に沈む山々やきらきらと光を反射する海までもが見渡せた。
「きれいだね」
「存外僕はここが気に入ったよ」
僕のその言葉に彼女は少しだけ寂しそうに笑っていた。
僕は誰よりも彼女の笑顔を知っているけれど、その笑顔が彼女自身を守るためのものだということも知っていた。
「じゃーん、花火!」
唐突に彼女がビニール袋から取り出したそれは、夏になるとコンビニなんかでも見かけるかわいらしい花火セット。
しかし彼女の意図を図りかねた僕は怪訝な表情を全面に押し出してそれを見つめる。
「それは見れば分かるけど。それで?」
「いやいや。それで、じゃなくてね。花火があるならそれを楽しむしかないでしょ」
「……まさかここで?」
「もちのろんですわよ」
そう言って彼女はライターやらろうそくやらをお墓にある棚から手際よく取り出す。
そしてあれよあれよという間に僕の手には線香花火が握らされていた。
「えーっと……この状態で僕が言うのもなんだけど、不謹慎じゃない?」
「何言ってんの。私の地元ではお墓で花火は当たり前なんだから」
「いや、でもここは君の地元じゃないし……」
「だから音も光も目立たない線香花火だけ出したんでしょ。いいからやるの」
僕に反論の余地すらも与えず、どっちが長持ちさせられるか競争ねと彼女はふわりと笑った。
その顔は反則だと声に出さずにため息をつく僕。
しかし裏腹に僕の口角は上がっていて、彼女の合図で僕らは線香花火に光を灯した。
僕らは一言も発しなかった。
ただただ各々の灯火を一心に見つめて、その移りゆく様を眺めていた。