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4.本日も平和なり

 レストン国との国境紛争が無事解決し、近々実務者間での協議がエルマース国で開催される事になって一段落した為、ランセルは久々に王家全員を集めての昼食会を設けた。
 ミレーヌとレオンはともかく、普段政務には殆ど関わる事の無い者達に、この間の状況説明を兼ねた場を作ったのだが、談笑しながら食事を済ませてからランセルが語り出した内容に、やはり気になっていたらしいレイナを筆頭に、シェリル、ミリア、カイルは、驚いたり憤ったりと目まぐるしく表情を変えつつ聞き入る。そしてランセルが話を締めくくったが、ミレーヌがその後を引き取って予想外の事を言い出した。

「……そういう訳で、皆に心配をかけたが、無事解決したから安心して欲しい」
「それで、陛下とも協議したのですが、私は実家のルーバンス公爵家一党が引き起こした不祥事の責任を取って、暫くの間謹慎する事に致しました」
「ミレーヌ様?」
「王妃様?」
 いきなり言われた内容に、その場に居た者は揃って顔色を変えて腰を浮かせかけたが、当のミレーヌは笑顔で言い聞かせてきた。

「とは言っても、それを口実に暫くの間、王都から離れてゆっくり寛いでくるつもりなので、心配しないで下さいね?」
「そうなんですか?」
「それなら宜しいのですが……」
 何となく釈然としない顔付きでシェリルとレオンが首を傾げたが、レイナは笑いを堪える表情で確認を入れた。

「でもミレーヌ様、それだけではございませんよね?」
 それにミレーヌも、嬉しそうに応える。
「あら、やはりレイナには分かるかしら?」
「分かりますとも」
 全く分かっていない子供達を放って、女同士で微笑み合っていると、それを補足するようにランセルが説明を始めた。

「ハリード男爵家に、男爵領での王妃の受け入れを打診したら、『我が家はとても王妃様が滞在なされる様な場所ではございませんが、精一杯おもてなしさせて頂きます』との返事も貰えたのでな」
「もとより、謹慎が前提なのですから、華美で豪華な生活などするつもりはありませんわ」
「王妃が王都に戻ったら良く世話をしてくれた事を口実に、ハリード男爵夫妻の王都への入都禁止期間を繰り上げて、罪を減じようと思う」
「なるほど、そういう事ですか。確かにこの前の騒ぎでは、ハリード男爵家は騒動の一翼を担ったとはいえ脅迫された上での事ですし、気の毒だと思っておりました」
 レオンが感服した様に感想を述べた所で、ミレーヌがさらりと爆弾発言を投下した。

「それで、私が王都を離れている間の王妃代行を、シェリルにお願いします。宜しくね? シェリル」
「は、はいぃ!? な、何ですか、王妃代行って!」
 完全に声を裏がえらせたシェリルが、ガタンと盛大に音を立てつつ椅子から立ち上がって問い質すと、ミレーヌが事も無げに口にする。

「各種式典や儀式、各国大使の来訪時や接待の時などに、陛下の隣に立って挨拶とかすれば良いだけですから」
「ミレーヌ様! そんな『だけですから』じゃ無いですよ! それに合わせて色々勉強したりとか、準備したりとかする必要がありますよね?」
「まあ、シェリルがちゃんと分かっていてくれて嬉しいわ」
「ああ、これならちゃんと役目を果たせるだろう。頑張ってくれ」
 国王夫妻の間では完全に話は纏まっていたらしく、満足げに微笑む二人にシェリルは眩暈を覚えたが、気合を振り絞ってレイナに視線を向けつつ訴えた。

「お父様まで、何を言ってるんですか!? ここは側妃であるレイナ様の出番ですよね!?」
 しかしその訴えは、レイナにすげなく否定される。
「シェリル姫、それは筋が違いますし、面倒事の種にしかなりません」
「え? どうしてですか?」
 当惑した彼女に、レイナは真顔でその理由を告げた。

「王妃は公務に携わる立場ですが、側妃には公の位置付けが無く、両者の間には明確な線引きがあります。それなのに側妃が王妃代行などしようものなら、周囲が『王妃をすげ替える気か』と騒ぎ立てますから」
「特に私とレイナの親族達で、一触即発の事態になりかねません。だから母親が定かにされていなくとも、れっきとした第一王女として陛下に認定されているシェリルに代行を頼むのが、一番角が立たないのです」
「いえ、ですが……」
 レイナとミレーヌに正論で諭されたものの、尚も抵抗しようとしたシェリルだったが、冷や汗を流している彼女をよそに、再び国王夫妻は和やかに会話を交わした。

「ですから、私が謹慎期間に入るまでの引継ぎや勉強と、謹慎期間の代行で結構な時間を取られますから、シェリルの正式な婚約披露パーティーを含む、色々な講義とか結婚準備が軒並み先延ばしになってしまいますけど、仕方がありませんわね? 事情が事情ですし」
「うむ、王妃の申す通りだ。外交上、他国に対して礼を失するなどあってはならないし、王家の体面を保つ事は、国家運営の面でも重要な事だ。シェリルの結婚準備が多少延びるのは、この際仕方あるまい」
 そんな満面の笑みの二人を見て、シェリルは反論を諦めて椅子に座り直し、彼女の弟妹達はそれぞれ異なる事を考えながら、揃って遠い目をした。

(これは絶対、後からジェリドの奴に、ネチネチと嫌味を言われるな)
(良かった、姉様がいてくれて。そんな面倒事、真っ平御免だもの)
(父上……。シェリル姉上の結婚までの流れを遅らせる大義名分ができて、嬉しいんですね)
 そこでミレーヌが、さり気なく話題を変えてくる。

「結婚と言えば……、一昨日ファルス公爵が後宮に出向いていらして、エリーシアは当面結婚させないつもりとの報告を受けました。私は彼女の事を公爵にお任せした以上、そちらのお考え通りにとお話ししましたが」
 それを聞いた瞬間レオンは顔を強張らせたが、レイナはそんな息子の顔には気付かないふりをしながら、問いを発した。

「それはどういう事ですか? ファルス公爵家はこれまで夜会や茶会などを厳選して、エリーシア殿を出席させていたので、縁談なども普通に考慮していたと思っていたのですが」
「表向きは『娘の髪が短くなってしまったので、公爵令嬢として見苦しい姿を晒す可能性があるうちは、公式な場に出るのを控えさせる』と言う事ですね」
 そこでカイルが、納得いかない顔付きで口を挟む。
「でも王妃様。エリーシア殿は魔術師ですし、幾らでも魔術で髪を長い様に見せられるのではありませんか?」
「ええ、本当の所は、エリーシアが結婚相手に求める条件を口にしたからだそうです」
「あら、因みに彼女は何と言ったんですか?」
 今度は興味津々でミリアが尋ねてくると、ミレーヌはおかしそうに笑いながら告げた。

「どうやら『容姿や血統なんてどうでも良くて、お父様並みに洞察力と行動力と人望と経済力があって、頼りになる人』と言ったそうですよ? それで娘にそんな事を言われた公爵は嬉しくなってしまって、当面自分と肩を並べる男は出て来ないだろうから、暫く彼女の結婚させないと決めた様ですね」
「確かに、そんな事を言ってましたね。エリーは昔から、男の人を見る目って厳しかったけど……」
 この前公爵邸を訪れた時のやり取りを思い出したシェリルが、微妙な顔付きで相槌を打つと、レイナは少し驚いた様に感想を述べた。

「まあ、それは大変。下手したら彼女は、嫁ぎ先を見つける事ができなくなってしまうのではありませんか?」
「嫁ぎ先が無くても、結婚できる可能性はありますから、大丈夫ではないかしら?」
「え? どういう事でしょう?」
「ファルス公爵家には、ご子息が二人もいらっしゃいますし」
 レイナの問いに、ミレーヌが変わらぬ笑顔でそう口にした途端、一瞬広い食堂内が静まり返った。次いで、シェリルとレオンの絶叫が木霊する。

「はあぁっ!? ミレーヌ様! それはひょっとして、リスターとロイドの事ですか?」
「有り得ないでしょう!? あいつらはエリーより年下ですよ? どれだけ離れていると思ってるんですか!?」
「確かリスターは十四歳で、ロイドは十歳の筈ですよ? エリーは今二十一なんですけど!?」
「あら、でもレオンだって彼女より四歳年下でしょう?」
「…………」
 のんびりした口調で指摘してきたレイナに、レオンは顔を引き攣らせて押し黙った。そこでシェリルは(レイナ様! そこは突っ込んじゃ駄目です!)と異母弟の心情を思い、これ以上余計な事を口走らない様に口を閉ざす。そんな中、ミレーヌが世間話の様に、アルテスとの話の内容を告げた。

「この前のファルス公爵のお話では、リスター殿は今月十五におなりだそうで、それと同時に近衛軍に入隊するそうです。第四軍希望だそうですよ?」
「よりにもよって、どうしてそんな所に?」
「そこであれば軍務経験を積ませるのと同時に、精神修行も可能だと公爵が判断されたそうです」
「…………」
 その理由を聞いたシェリルとレオンは絶句し、他の者はそれぞれ呻くように感想を口にした。

「息子が可愛くないのか、アルテス……」
「他人に厳しい以上に、身内に厳しい方なのですね。ご立派ですわ」
「ジェリド従兄様の下……。人生に絶望しないと良いけど……」
「僕だったら絶対嫌だし無理です! 断固拒否します!」
「無事に勤め上げた時の、ご子息の成長が楽しみです。それにエリーシアの話では、ロイド殿は魔術師としてなかなか稀有な才能をお持ちの様で、年の差はあっても毎回話は盛り上がるみたいですね」
 にこやかにミレーヌが述べて話を終わらせると、自然に全員の視線がレオンに集まった。

「え、ええと、レオン? あまり気を落とさないで?」
「一応、妹として応援するわ。ファルス公爵親子が相手だと、敗色濃厚だけど」
「頑張って下さい、兄上! 負けちゃ駄目ですよ?」
「……ああ」
 そこで王子王女間で微妙な会話が交わされたのを機に、何となく会話が途切れたのを狙ったかの様に、窓の外から常には聞かれない衝撃音が微かに伝わってきた為、室内の全員が困惑した。

「今の音は?」
「何でしょう?」
「近くでは無さそうですが……」
 ミレーヌとレイナは怪訝な顔を見合わせたが、国王たるランセルはすぐさま近くに控えている侍従に声をかけた。

「何事だ?」
「すぐ確認致します」
 彼が一礼して部屋を出て行くと入れ替わりに、隣室に控えていた侍女がやって来て恭しく告げる。
「陛下、クラウス魔術師長から、魔導鏡で至急の通信が入っております」
「繋いでくれ」
 即座にランセルが指示した為、その侍女は食堂の壁に掛けてある大きめの鏡に手を触れながら、小声で呪文を唱えた。するとすぐにその鏡の中に、クラウスの恐縮しきった顔が現れる。

「陛下、お騒がせして申し訳ありません」
「そうすると、先程の爆発音は王宮専属魔術師管轄の事なのか?」
「はい、エリーシアとサイラスの発案・主導で、魔術師棟内で作成中だった花火が暴発いたしまして……」
 それを聞いたシェリルとレオンは、揃って顔色を変えてクラウスに問い質した。

「エリーは無事なんですか!?」
「花火の暴発? 被害状況は!?」
 それにクラウスは纏めて答えた。
「魔術師棟の約三分の一が崩壊しましたが、周囲に居た者が警告を発し、咄嗟に防御結界を張り巡らせたので、幸い他の棟には被害は出ておりません。魔術師も全員避難して、無事を確認しております」
「そうか。取り敢えず、死傷者が出なかったのは良かったな」
 その場全員の気持ちを代弁する様にランセルが感想を述べたが、ここでクラウスの背後から、複数の怒鳴り声が伝わってきた。

「全く! 事前に『結構威力があるから、ちゃんとフォローしてよ』って言っておいたのに、何でこうも簡単に暴発しちゃうわけ? 絶対誰かさんの事とか考えてて、手を抜いたわよね!?」
「あぁ? 俺が手抜きをするわけ無いだろ!! 事前に複合術式について綿密に打ち合わせしたのに、直前に思い付きとその場のノリで、勝手に他の術式を追加して組み込んだのはお前だろうが!!」
「だからそれもちゃんと説明したわよ! 相乗効果位計算しときなさいよ!!」
「直前にそんな事言われて、そんな事まで計算できるかよ!! ふざけんな! 誰が防御壁を咄嗟に展開させたと思ってる、あれがなかったら」
「エリー、サイラス、いい加減にしろ! そんな言い合いをしてる暇があったら、さっさと瓦礫の除去に取りかかれ!」
「ガルスト殿、その前に一応現場の再確認を。棟内に居た魔術師は全員無事を確認しましたが、他所属の官吏の方がこの棟を訪れていた可能性もあります。無闇に瓦礫を撤去したら、二次災害の可能性もありますので」
「すみません、シュレスタ殿の仰る通りです。全員手分けして崩壊部の再確認、急げ! その後、速やかに復旧作業だ!」
「はい!!」
 チラッと背後を振り返り、紫色のローブを纏った部下達が叫び合いつつ走り回っているのを確認してから、クラウスは深々と頭を下げて謝罪してきた。

「大変、お騒がせしております。これから宰相と財務大臣と内務大臣に報告致します」
 そう告げた相手の顔色が、これから言われる皮肉や非難の台詞を想像したのかどことなく悪かった為、ランセルは思わず同情して声をかけた。

「その……、クラウス。あまり気を落とさん様にな」
「ありがとうございます。失礼します」
 軽く涙ぐんでいるクラウスの顔が一礼してから魔導鏡から消え、その場になんとなく気まずい沈黙が漂ったが、それを打ち消す様にミレーヌとレイナが楽しげに微笑み合った。

「相変わらずの様で、活気がありますね」
「本当に、楽しそうですわ。後から崩壊した場所を、見学に参りませんか?」
「そうですね、そういう物は滅多に見られないと思いますし」
 そう言ってコロコロと笑い合う女性二人に対して、余計な事を言おうとする者はこの場には皆無だった。
 そしてエルマース王国は、その日も表向き平和だった。

〔完〕

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