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3.談笑する二人

「王妃様、本日はお時間を頂き恐縮です」
「いえ、私も直に公爵とお話ししたい事がありましたので、遠慮は無用です」
「ありがとうございます」
 エリーシアが職場復帰した日の翌日、アルテスは予め許可を取り付けて、後宮にミレーヌを訪ねた。そしてミレーヌと社交辞令を交わしあってから向かい合って椅子に腰掛けたが、ミレーヌが笑顔でやんわりと先手を打ってくる。

「それでは、まず客人である公爵の用件から、お伺いしましょうか」
 アルテスとしては、ここの主であるミレーヌの話をまず聞いてからと考えていたのだが、機先を制されて恐縮気味に口を開いた。

「その……、王妃様」
「はい」
「我が家がエリーシアと養子縁組して欲しいとの要請があった時の事を、ご記憶でしょうか?」
「ええ、勿論です」
 当然の如く頷いてみせたミレーヌに、アルテスは神妙な顔付きで申し出た。

「その折、王妃様からご配慮頂いた件についてですが」
「彼女の結婚は当面先延ばし。かつ、嫁ぎ先は王家に限らず、と言う事ですね?」
 これから言おうとしていた内容をあっさりと口にされ、アルテスは軽く目を瞬かせた。

「……お分かりでしたか?」
「公爵が私に、如何にも言いにくそうに報告する事など、それ位しか思い浮かびません」
 ミレーヌは真顔でそう断言してから、如何にもおかしそうに笑った。

(確かにそうかもしれないが……、流石だな)
 アルテスも思わず苦笑いしてしまったが、そんな彼にミレーヌが微笑みつつ言い聞かせた。

「公爵、それに関しては、本当に気にしなくても宜しいですよ? わざわざ私に断りを入れに出向く位ですから、ファルス公爵家としての総意でしょうし」
「はい、父の了承も得ております」
 それを聞いたミレーヌは、もっともらしく頷いた。

「例え一度も王妃を輩出した事が無くとも、ファルス公爵家は代々エルマース王家、及び我が国を、立派に支えてきた家柄です。それだけで十分誇れる家系ですし、前公爵も割り切れたみたいですね」
 その言葉に、今度はアルテスが頷く。

「ご推察の通りです。父については姉が病死した時、もう我が家から王妃を出すのは諦めていたとは思いますが、今回完全にその気持ちを固めた様です」
「お父上にも納得して頂けたのなら、益々宜しい事です。本当にファルス公爵家とは真逆で、何度も王妃を輩出していながら、現状ではろくでもない輩しかいない家はどこぞにありますのに……」
「…………」
 後半はあらぬ方を睨み付けながら、憎々しげに呟いたミレーヌから視線を逸らしたアルテスは、無言で素知らぬふりを貫いた。そして王妃付きの侍女達は、壁際に控えながら主人に視線で訴える。

(王妃様、お顔が怖いです! お気持ちは分かりますが、平常心でお願いします!)
 その目配せに気付いたミレーヌは、軽く咳払いをしてから微笑みつつ会話を再開させた。

「話が逸れてしまいましたね。公爵はエリーシアに関する事の他に、お話はありますか?」
「いえ、他にお話しする内容はございません」
「そうですか。それでは私の話を聞いて貰いたいのですが」
「拝聴致します」
 ミレーヌからの申し出に、アルテスが神妙にうなずくと、彼女は冷静に問いかけた。

「今回の騒動で、近衛軍内でかなりの人事異動があった事はご存知ですか?」
「はい、近衛軍に配属になるには、部隊長以上の推薦が必要ですから、更迭されたナジェスタ司令官と、ルーバンス公爵の三男を当時それぞれ推薦した、第一軍司令官と第三軍司令官が引責辞任する事になったと伺いました」
 淡々と耳にした内容を口にすると、ミレーヌが相槌を打ってくる。

「その通りです。他にも行軍中にエリーシアに何やら仕掛けようとして、返り討ちにあった者の関係者を、総司令官が容赦なく断罪したとか」
 そこでアルテスが思わせぶりに、ある事を口にした。
「官吏の間では、裏で糸を引いたのは第四軍司令官だと、もっぱらの噂ですが」
 それにミレーヌが苦笑いで応じる。

「恐らくそうでしょうね。確かに目障りな老害集団を、一気に排除したかった気持ちは分かりますが、些かやり過ぎだったのではないかと思いましたので、ジェリド殿に少しお仕置きを兼ねた嫌がらせなどをしてみようかと」
「嫌がらせ、ですか?」
 一体何を思い付いたのだろうかと怪訝な顔付きになったアルテスに、ミレーヌは真顔になって告げた。

「今回実家に連なる者が、レオン王太子暗殺計画に関わった事が明らかになった為、面目を無くした私は、陛下に対する謝罪の意味合いを込めて何ヶ月か謹慎するつもりです」
「王妃様?」
 今回排除された連中には、元々レオンを害する気は皆無だったのが分かりきっているアルテスは、そのこじつけっぷりに唖然となったが、ミレーヌは冷静にその意味について説明した。

「兄が王宮で大きな顔をしていられるのは、私が王妃であるが故です。その王妃の立場を危うくすれば自分の立場がどうなるかと言う事を、この際しっかりと認識して頂きましょう。口で説明しても、分かって頂けない方ですから」
 そこまでミレーヌが説明すると、アルテスが言外に含む所を読み取り、納得した様に頷いた。

「それで王妃様が謹慎中の公務代理を、第一王女たるシェリル姫に務めて頂くという訳ですか。なるほど、それはジェリド殿が嫌がりそうです」
 含み笑いで感想を述べたアルテスに、賛同して貰えたと理解したミレーヌは、ここである要望を口にした。

「本当に、公爵は話が早くて助かります。それで謹慎期間中の事について、幾つかお願いがあるのですが……」
「何なりと仰って下さい」
「この際、せっかくですから王都近郊の離宮への滞在とかではなく、国境沿いの風光明媚な所に滞在してみたいと思います。温泉とかにも入ってみたいですし」
 にこやかにミレーヌが告げた内容を聞いて、アルテスは(なるほど。未だ領地で謹慎中のハリード男爵夫妻の元にわざわざ身を寄せるなら、世間も王妃様がよほど王都で肩身の狭い思いをされていると考えるだろうし、王妃様のお世話をした事を理由に、男爵夫妻の謹慎解除を早める事もできるか)と心底感心した。しかし彼はわざわざそんな事を口にはせず、飄々と答える。

「確かに王都からほど近い所では、有象無象の輩が押しかけてくる可能性がありますから。ハリード男爵領辺りまで足を伸ばされるなら、その様な煩わしい思いをされる事も無いでしょう」
「ファルス公爵がお相手だと話が早い上、同意して頂いて嬉しいですわ」
 そこでアルテスは、少しからかう口調で言ってみた。

「そちらに滞在中、王妃様が領内の施設や店をご利用になられたら『王妃様御用達』の看板を掲げる店が出そうですね」
「まあ……。謹慎中の王妃が利用したところで、さしたる宣伝になるとも思えませんが?」
「十分宣伝になるかと思います。色々利用してあげて下さい。……ところで、王妃様のご意向としては、同行する侍女や護衛は最低限の人数で赴かれるおつもりですね?」
 地方貴族のハリード男爵邸に身を寄せるなら、屋敷の規模を考えると、多人数を引き連れては行けないであろう事実を踏まえてアルテスが確認を入れると、ミレーヌは当然の如く頷いた。

「はい。随員は最小限にするつもりです。できればその中に魔術師としては、エリーシアを付けてくれたら嬉しいのですが……」
 ここで彼女がさり気なく口にした名前を聞いて、アルテスは笑みを深くしながら請け負う。

「畏まりました。クラウス殿には、私の方からその旨を要請しておきましょう」
「宜しくお願いします」
(公爵様、それって『要請』の形を取っている『強制』ですよね?)
 控えている侍女達は、揃ってそんな感想を頭の中に思い浮かべた。
 しかしさすがに王妃付きなだけあって、それを口にしたり態度に出したりする様な不心得者など一人も居らず、それから主達が笑顔で幾つかの世間話をしてから、アルテスが挨拶をして立ち去るまで、彼女達はいつもの顔で神妙に壁際に佇んでいたのだった。

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