25.大胆な賭け
「それで? お前はどうするつもりなんだ?」
何となく次にくる言葉が分かっているような口ぶりでレオンが問い質すと、その迫力に圧されたアクセス以外の全員が、何となく黙り込んで顔を見合わせた。しかしただ一人アクセスは飄々とした様子を崩さず、淡々と言ってのける。
「俺の勘にかけてみようかと思いまして」
「もっと具体的に言え」
「何故か敵の少ない、味方も今の所感知できないこちら方面に、殿下に少人数を付けて別行動して頂こうかと」
「……何だと?」
先程と同様、ガリガリと小枝で地面を削って線を描きながらアクセスが述べると、レオンはもとより、ミランとガスパールもその言わんとする所を悟って顔色を変えた。そこで比較的冷静に、サイラスが片手を上げながら会話に割り込む。
「すみません。因みに少人数と言うのは、具体的には何人位の規模ですか?」
その問いに、アクセスはニヤリと笑いながら事もなげに答えた。
「君に加えて、ミラン、ガスパール、パルム、ナーレウス、ラグラン、ケイン、デラックだ」
そこまで聞いて、流石にミランとガスパールが揃って異議を唱えた。
「ちょっと待って下さい! 今言った面子全員、ごっそり抜かすと言うんですか?」
「殿下の護衛はともかく、残った面々の統率はどうするんです!?」
その切羽詰った訴えに、サイラスとエリーシアは今名前の挙がった面々がかなりの腕利き兼、この部隊の取り纏め役だと察する事ができた。
「喚くな。これが最良の布陣だろ」
「それは確かに、そうですが!」
「幾ら何でもちょっと無茶です。平時ならともかく、どこからどう敵が攻めてくるか、全く見当が付かないんですよ?」
「だからエリーシアは残しただろうが」
「それが納得できないと言ってるんだ!」
レオンが思わずと言った感じで叫んだが、先程から何事か考え込んでいたエリーシアは、冷静にアクセスに問いかけた。
「ええと、そうなると……。残った方は殿下が確実に逃げられる様に、囮になるって事よね?」
それに満面の笑みで頷くアクセス。
「相変わらず、エリーは頭の回転が速くて助かるな。お前を殿下と一緒に行動させる訳にはいかないからな。悪いがつきあってくれ」
「了解。じゃあサイラス、頑張ってね」
苦笑しながら頷いたエリーシアがサイラスに向かってヒラヒラと片手を振ると、彼は溜め息を吐いて応じた。
「正面突破を試みるのも、囮になるのも、本音を言えば御免なんだがな」
「究極の選択よね。でもそういうのって、これまでに何回かやった事あるでしょ?」
「まあな」
「じゃあやっぱり、殿下付きはあんたで決定」
「だろうなぁ……。そういうわけですので、宜しくお願いします、殿下」
二人の間でそんな会話が交わされ、両者があっさり納得したのとは対照的に、サイラスに頭を下げられたレオンが吠えた。
「だからちょっと待て! どうして囮なんて危険な方に、女のエリーシアを組み込むんだ!?」
「そりゃあ、殿下がエリーを追っかけて、持ち場を離れる様な軽率な真似をなさったからですよ」
「何だと?」
些か皮肉っぽく告げてきたアクセスに、レオンが殺気立った目を向ける。他の者は面倒は御免とばかりに口を噤む中、アクセスは急に声のトーンを下げて言い放った。
「もし万が一、あんたがレストン国側に捕まった時、側にエリーが居て一緒に捕まったら人質になるだろうが。そうなったらあんた、どんな書類にでも言われるままホイホイ署名しかねんからな」
「そんな事は!」
「生憎と、エルマース国の最低限の名誉と国益を守る為に、あんたがバッサリエリーを切り捨てるとは思えないんでね。だからこの際、切り捨て易い野郎ばっかり付けてやるって言ってんだよ。ありがたく思え」
そこまで言われて、レオンははっきりギリッと聞こえる程歯軋りした。
「俺はそれほど信用が無いと?」
「申し訳ありませんが、有りませんね」
「……分かった」
冷たく言い切られて怒り出すかと思いきや、予想外にレオンがこらえて短く頷いた為、周りの者達は密かに安堵した。そこでアクセスがテキパキと話を進める。
「そういう事だからミラン、ガスパール。明朝から部隊を分ける。さっき言った奴らに声をかけて、これから各小隊の責任者をどうするか考えて、引き継ぎさせておけ」
「させておけって、副官……」
「あんたそんな面倒事、丸投げしないで下さいよ……」
ブチブチと文句を言いながらも、時間を無駄にはできないと、ミランとガスパールは腰を上げて左右に分かれて歩き去った。するとアクセスも、何事も無かった様に立ち上がる。
「じゃあ俺も、夕飯前に色々やっておく事があるんでな。若者は若者同士、仲良くやっててくれ」
「え? アッシー!?」
「副官殿!?」
(ちょっと待って! こんな周りの空気が重い殿下と一緒に、置き去りにしないでよ!)
(なんて丸投げっぷり……。切り捨てるなら、最後まで責任を持ってくれ)
さっさとその場を後にしたアクセスが木立の間に姿を消してから、サイラスとエリーシアは困った様に顔を見合わせ、暗い顔のレオンにチラチラと視線を送ってから、意を決して口を開いた。
「ええと、殿下。アクセスが何だか結構きつい言い方をしてましたけど、要は殿下が女性に優しくて、紳士だって事ですからね?」
「そうですよ。あまり落ち込む事では無いかと。それに囮が危険なのは勿論ですが、予め敵がどの辺に居るか分かっているし、却って俺達の別動隊の方が危険かもしれませんね」
「それはそうね。少人数の所を、いきなり包囲される可能性が無きにしも非ずですから」
庇うつもりだったエリーシアと仮想恋敵のサイラスに交互に慰められ、レオンの心境はかなり複雑な代物だったが、これ以上周囲に気を遣わせる事も、足を引っ張る事もできないと自分に言い聞かせた。
「分かっている。これ以上、彼の指示に異を唱えたりしない。言われた通りにする」
真剣な表情で宣言したレオンに、エリーシアとサイラスは心底安堵した。
「宜しくお願いします」
そこで軽く頭を下げたエリーシアの右手首を掴んだレオンが、語気強く言い聞かせてくる。
「その代わり、首尾良くエルマース軍本体と合流出来たら、すぐにとって返してお前達を救出に来るから、それまで十分気を付けていろ」
その真剣極まりない表情に、エリーシアも真顔になって頷く。
「はい、分かりました。お待ちしています」
その直後、何となく互いに苦笑して手を離し、タイミング良くサイラスに声をかけられた二人は、短い休息を取るために、サイラスと連れ立ってその場を離れる事にした。