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頭を真下に、ひたすらまっすぐに地面を目指す典正の身体は、地上まであと数十センチというところでアマンドドラゴンの大きな掌によって掬い上げられた。
「ふむ、この程度の落下の風圧で気を失うとは、ほんまひ弱いなぁ」
ぐったりと身を崩しきった典正をのせた掌を見下ろしてアマンドは少し笑うが、茉耶華はその足元にすがり付いて半狂乱だ。
「ちょっと! テンセー! テンセー! 生きてるっ?」
「なんや姫さん、そんな泣きそうな声だして」
「ないてないし! それよりテンセーは! まさか死んじゃってないよねっ?」
「死んどらん。ちょっと気ぃ失っただけや」
「だったら早く、テンセーを返してよ!」
「返すって、典正は姫さんのモンやないやろ」
「あ……」
「なあ、姫さん、あんた、自分の使命を忘れ過ぎとるのとちゃうか?」
茉耶華は返す言葉もなく、唇を噛んで下を向いた。
アマンドはそんな彼女の頭をそっと撫でて、ぶふっと炎交じりの鼻息を吐く。
「典正は星受人やろ、おまけにさっき逃げてったあの男よりはよっぽどか王の器にふさわしい。せやからこいつを異世界に連れてったれば、姫さんの使命は果たされるんとちゃうか?」
「だめよ、そんなの、だめ」
「なんで? 典正も異世界に行きたがっとるんやし、ウィンウィンいうやつちゃうんか?」
「アマンドも知ってるんでしょ、王の器になるって、『王』を憑依させることだって! そんなことしたら、テンセーの意識は……」
「まあ、消えるわな」
「それに……王になったら自動的にお姉ちゃんのお婿さんにされちゃうわけよ? テンセーの見た目をした男がお姉ちゃんとイチャイチャするところなんか……」
「おおよそ、そっちが乙女の本音やな」
アマンドは典正の身体をそっと地面に下ろす。
一刻も早く彼の無事を確かめたい茉耶華は駆け寄ろうと身体を前に倒すが、アマンドの大きな掌がそのゆくてをさえぎった。
「姫さん、一年だけや。一年のうちに代わりになる星受人が見つからんかったら、典正を王の器としてあっちに連れて行く」
「つまり、一年の間にテンセーよりも王にふさわしい星受人を探せばいいのね」
「そういうこっちゃ」
「ていうか、一年も待ってくれるの? なんで?」
「わいは姫さんがちっこい頃からを知っとるけどな、こんなに誰かに固執するのをみるのが初めてだから……単におもろそうと思ったんや」
茶化した物言いだが、その本心は決して茉耶華を茶化そうというものではない。
今日まで見守ってきたこの少女に芽生えた『人を愛する心』を尊重し、守ってやりたいという一種の親心だ。
アマンドと付き合いの長い茉耶華はもちろんそれを見抜いて、深く頭をさげた。
「ありがとう、アマンド」
「別に礼を言われる筋合いあらへん」
「ん、そうだね」
「ええから、はよ典正を起こしたり。あ、今の話はもちろん内緒やで?」
アマンドはポン!と音を立てて、小さな愛玩動物サイズの竜に姿をかえた。
もはや二人を隔てる大きな掌は消え、茉耶華の目の前には眠っているかのように横たわる典正の姿が……
「テンセー!」
彼の名を呼んで、茉耶華は走り出した。