第十五話:ドラゴンを飼うメリット③
「こんにちはぁ。クジョ―くんいる?」
家で朱里と仲良くしていると、突き抜けた浮かれたような声が聞こえてきた。
生体素材専門店のオーナー、クウリの声である。一度聞けば気の抜けるようなこの声、忘れようにも忘れられない。
「朱里、お座りだ」
がんがんと扉をノックしているのを無視するわけにもいかず、何よりクウリは割とかわいい女の子だったので扉を開ける事にする。
幸いな事にカヤは今日は家にいない。最近カヤの実家が繁盛しているらしく、家に来る頻度が少し落ちているのだ。
朱里がちゃんとお座りしているのを視線で確認しながら扉を開けた。
「クジョーくん、久しぶり!」
「何しに来たんですか?」
今忙しいんだが。
クウリは以前会った時とは異なり、私服だった。店員他にいなさそうだったけど、店閉めてわざわざ来たんだろうか。
以前と同様の人懐こい笑顔。店で会った時着ていた色あせたエプロンとは異なりブラウンのコートを羽織っており、子供みたいな身長なのに何故か酷く似合っている。
尤も、彼女は子供みたいな身長だが俺よりも年上だ。成人しても余り大きく見えないのがドワーフの特徴でもある。
以前はそのまま流していたが、今はサイドで髪を結っていてそれがまた似合っている。
クウリは俺の冷たい答えを聞いてもなんら気にした様子はなくころころと笑った。
「えー、酷いな。せっかく遊びにきたのに」
「……仕事した方がいいと思いますけど」
俺はこういう押しの強いタイプの女の子にとても弱い。可愛いくて胸が大きいのは更に加点になる。
何しろ、男一人で家に閉じこもっていたのだ。ちなみに、朱里はドラゴンなので数には数えない。
クウリが首を伸ばし玄関から中を覗き込んでくる。俺とクウリは客と店員。たった一度、数十分会話を交わしただけの仲だ。俺がクウリだったらそんなことやらない。
クウリはきょろきょろと玄関付近を確認すると、俺を笑顔で見上げた。
「いやぁ、やっと一日、時間空けられたんだよ!」
「あ……はい。そうですか」
クウリがコートを脱ぐ。クリーム色のタートルネック。胸の部分が不相応に膨らんでいて柔らかそうで凄く気になる、興味がある。
だが、残念ながら逆鱗は取れていない……ってそうじゃねえ!
一度首を振ると煩悩を追い出し、クウリの脱いだコートを受け取った。家に上げないわけにもいかないだろう。
それをカヤが持ち込んだコート掛けにかけると、クウリが一瞬意外そうな表情をしてすぐに微笑みを浮かべた。
そして、無駄に至近に身を寄せてくる。香草のような落ち着いた香りが漂ってくる。
「お、ありがとう、クジョーくん。気が利くね」
「近寄らないでもらえますか。臭いが移るんで」
「がーん!?」
色仕掛けに引っかかったりしない。そう自分に言い聞かせる。言い聞かせないと引っかかってしまいそうだからだ。一度深く深呼吸をする。
商売人は信用できないし、世の中都合のいい話は早々ない。
俺にはカヤがいるし、あいつはそういう感覚が敏感だ。別に浮気とかじゃないが面倒なのは嫌なのである。
ショックだったのか、その場に突っ立って微動だにしないクウリを置いてリビングに戻る。クウリは数秒停止していたがすぐに慌てたようについてきた。
「クジョーくん……まさか、私の事……嫌い?」
「ふつーです。ふつー」
身体にも顔にもとても興味があるが平静を装う。クウリは一瞬眉を顰めたが、リビングに入った瞬間に椅子の上にお座りしていた朱里を見つけ、目の色を変えた。
やはり、以前話した朱里を見に来るのが目的だったのだろう。
「ほ、本当にドラゴン飼ってるんだ!?」
「疑ってたんですか」
「い、いや、でも……個人で野良ドラゴンを飼ってる人なんて初めて見たよッ!」
興奮に頰を紅潮させるクウリ。カヤといい、何故どうしてこんな可愛い女の子がドラゴン一匹に興味を持つものなのか、ドラゴンが好きでも嫌いでもない俺には理解できない。どうせなら俺に興味持ってくれたらいいのに。
そして朱里はやはり、入ってきたクウリを敵認定したらしく歯をむき出しにしてぐるるると唸っている。今まで朱里があった人間の中ではカヤがダントツで嫌われていたが、どうやらカヤだから嫌われていたというわけでもないようだ。
だが、それでも朱里は椅子の上でお座りしていた。ちゃんと俺の指示を聞いている。
興奮すると指示を忘れそうなのでクウリより一歩前に出てゆっくりと手の平を向けて指示を出す。
「朱里。お座りだ、お座りだぞ、朱里」
俺の指示に、朱里がゆっくりとその胸を上下させる。だが、その目には剣呑な光が見え隠れしていた。
クウリはそのドラゴンの危険性が分かっているのか分かっていないのか、朱里の方にじりじりと近寄っていっている。
何で俺のまわりの女の子はこんなのばっかりなんだ。俺がクウリの立場だったら間違いなく威嚇してる飼いドラゴンに近寄ったりしない。
「クウリ、危ないから近寄らない方がいいぞ」
「へ……あぶ……危ないんだ!?」
俺の言葉に、魅了されたようにふらふらしていたクウリが我に返る。
「危ないっす。超危険です」
クウリにとっては、だ。俺にとっては危険ではない。それはここしばらくの生活で実証できている。
大体、俺に向ける目とクウリやカヤに向ける目は全然違う。ドラゴンに詳しくない俺にでもはっきりわかるくらいの違いがある。獲物を見る目と家族を見る目の違いだ。
クウリがじりじりと後退り、俺の隣まで戻る。
その瞬間に、朱里の目がカッと光った。
何が不満だったのか。クウリが短く悲鳴を上げる。とっさにクウリの前に出て朱里に命令した。
「ッ!?」
「朱里、お座りッ! おすわりだっ!」
俺の言葉に、朱里が身を震わせる。荒く呼吸をすると再度腰をしっかりと下ろす。
最近気づいたのだが、どうやら朱里は俺に他の人間が近づくのが気に食わないらしい。
目に涙を浮かべてクウリが俺を見上げる。どうやらカヤとは違ってその危険性が理解出来たようだ。鑑定士という職故なのかもしれない。
「ッ……ありがとう、クジョ―君。どうやら危険って……本当みたいだね」
「……まー、たまに危険なだけです」
そう。たまに危険なだけだ。
言い聞かせてるから散歩するくらいなら問題ないし、俺が見ていればちゃんと朱里は大人しく出来る。
目を離した瞬間に何が起こるかわからないだけだ。って凄い問題だよ、それ!?
今のところ、俺以外の人間になれさせる方法はわからないが、いつか見つけたいものだ。今の状況だと独り立ちの方が先に来そうだが。
「まー、案外賢いんですけどね。……そうだ、良いもの見せてあげます」
「そりゃドラゴンなんだから賢いよね……良いもの?」
まだ若干青ざめた表情で疑問符を浮かべるクウリ。
そう。良いものだ。それこそが俺が今日、好きでも何でもない朱里につきっきりだった理由である。
朱里は凄い。本も読めるし言葉も理解する。お手も出来るし伏せもちんちんも出来る。
犬が出来るような芸はともかく、本を読んでたのは凄い。だって犬は本を読んだりしないからだ。
……犬系獣人でもない限りは。
そんな朱里の無駄に高いポテンシャルを活かす方法を、朱里が本を読んでいるのを見た瞬間に思いついた。
カヤが来たらカヤに見せるつもりだったが、クウリの来訪はそれを証明する絶好の機会だ。
にやりと笑う俺を見て、クウリが目を丸くする。
さぁ、朱里。お前の真の力を彼女に見せてやるがいい。