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6.窮鼠猫を噛む

(頭に血が上りすぎて色々忘れちゃってたわね……)

 セラフィーナは近くにあった床を叩き割ると、その下に埋め込まれていた水晶玉を取り出した。
 姉の呼びかけを受けたのだろう。通路の向こうから、それが一杯に入った鞄を加えたブラードが駆けて来る姿も見える。
 彼女が使うは<マジック・スフィア>――生活の一部として使い続け、最も扱いに長けた“魔女の道具”である。

「まったく……あれこれ世話を焼いてもらわなくても、私はやれるって言うのよ」

 心で思っていることとは真逆の事を口にした。
 素直ではないと思うが、彼女自身はこれで良いと思っている。

「さて、行くわよ――ッ!」

 セラフィーナは、床から取り出した<スフィア>を投げつけた。
 橙色に光るそれは魔女には発動しないが、魔女の(しもべ)には発動するようだ。
 距離が足りず、手前で失速・落ちたものの威力は十分である。それを感知した<スフィア>にヒビが入ると同時に――バァンッ! と爆発音が鳴った。

 赤い光を纏った熱風がカエルの皮膚を焼き、その身をえぐった。
 破裂した水晶玉の破片がカエルの皮膚に突き刺さり、そこから血が溢れだしている。……が、鎧で覆われた部分は特にダメージを受けていない。
 魔女の力のせいか、ヨロヨロと立ち上がる<フロッギー>の傷はゆっくりと回復しつつあるようだ。
 となれば、一撃でその急所、“核”があるであろう心臓を突き破るか、二度と指示を出せぬよう、頭部を破壊するしかない。

「……まったく、面倒くさいったらありゃしないわ。
 さて、どうやって叩き潰してやろうかしらね」

 爆発の影響で<フロッギー>の意識は朦朧としていた。
 ブンッと音立てるメイスは本能で躱し、空を切る――しかし、飛んでくる・転がって来る水晶玉までは意識が回らない。
 転がって来たそれは“爆弾”と見て、辛うじて後ろに跳び退って避けた。その読みは正しかったものの、今度はその中に釘や針が大量に詰め込まれており、爆発と共に四散したそれが顔や身体に突き刺さった。
 痛みで悶絶していた所に、飛んできた水晶玉が割れ、そこから塩水が振りかかる。傷口にそれが染み込み、激痛が走った。

 水晶玉に警戒していれば、今度は魔女の拳が飛んでくる。
 鋭い目をした女の顔は凛々しい。それだけでも見惚れてしまうほどだ。
 痛みと共に、死んだはずの失われた自我が戻ってくるのを感じられていた。
 ……とは言っても、生前の欲求だけである。目の前の女を抱きたく、犯したくてずっと追い続けて来たのだ。それが、<フロッギー>の“意志”を何とか維持させていた。
 殴られ、後退し続け――ついには階段まで下がり、転げ落ちてしまう。

「ゲッ…ァァ……」
「ふふっ……無様な姿――」

 <フロッギー>はもう動かない。セラフィーナはトドメを刺さんと、ゆっくりと階段を下りていた時――いきなり彼女の視界が揺れ、天井の方を向いた。

(しまっ……六段目に仕掛けてたんだッ……!!)

 忘れていた。セラフィーナは階段の中腹、六段目を踏んでしまったのだ。
 ガタンッと段が落ち、急斜面を作る。それによってセラフィーナは階段の下――<フロッギー>の真横に滑り落ちてしまった。

「ゲゲゲァッ!!」
「ぐっ……うぅっ――」

 “カエル”の知恵か、“ランバー”の知恵か――<フロッギー>はこれを狙っていた。
 階段に何かがある。それを覚えており、わざと隙を見せて近寄らせたのだ。
 もし失敗すれば、その時は一か八かカエルの舌で首をへし折ればいい。どちらにしてもトドメを刺すのに近づくだろうと踏んでいた。

 ――<彼>の読みは正しかった。
 まるでアリジゴクの罠にかかった蟻のように、滑り落ちてきたセラフィーナに馬乗りになり、両手で首を抑えつけた。
 魔女は呼吸が出来なければ“魔法”を唱えられない――彼の主である“魔女”がそう言っていた。しかし、彼はそれを覚えていたわけではない。人間の時の、“ランバー”の経験から女を弱らせる方法を取っただけだ。

「かッ……ハッ……ガッ……ア゛……ァッ……」

 生かさず殺さず。これまでの“経験”によって培ってきた知恵で、女の呼吸をコントロールし抵抗する力を弱らせる。それから一気に股ぐらに身体を滑り込ませ、“女”を汚す――彼の最も好む方法であった。
 セラフィーナの力が弱ってきた。目の焦点が合わなくなったのを見て、その腰に手をかけ、深いスリットの入ったスリットパンツを強引に下ろす。
 種をつける――生前の欲求が、生物の本能と結びついている。

「ゲッ、ゲゲゲッ、ゲゲァ――」

 カエルのギョロっとした目には、魔女の秘所しか映っていない。
 ついに求めていたそれは、褐色の肌を引き立たせる白い布きれの中にある。
 主は殺せと命じたが、彼の“欲望”がそれを無視していた。
 布きれに集中し、手をかけたた時――その主と同じ“魔女”は、最後の“抵抗”を見せようとしていた事に気づかなかった。

「ケホッ……やっぱり忠実な飼い犬……飼いカエルとはいかなかったようね」
「ゲッ?」

<フロッギー>は頭をあげたが、時すでに遅し――。
 それに気づいたのは、上半身をあげたセラフィーナの拳が飛んできた所であった。

「ガッ――!?」
「“灰の魔女”はネズミのような物――追い詰められれば猫を噛むわ、それを覚えておきなさいッ!」

 大きく仰け反り、だらしなく開いていた口が苦悶に歪んだ。
 それと当時に、彼女の手元に<マジックスフィア>が一つ転がって来る。

「飼い犬はやはり忠実で、聡いのを選ばなきゃね――ブラードッ、いくわよ!」

 彼女は大きく開いたままの口の中に<スフィア>を押し込むと、ブラードはもう一つの<スフィア>を咥えたまま壁に向かって駆ける。
 それを転がしたのもブラードである。彼女が欲していた<スフィア>を、やろうとしていた事を全て察していたのだ。
 目的の場所に着くや、咥えていたそれを上に投げ、身を一回転させながら後ろ足で蹴り上げた。

【天の裁きよ――その力を今ここに宿さん】

 二つの<マジックスフィア>が、バチッ――と音を立てた。
 その中には、金属線をギチギチ巻き付けられたU字の鉄の棒が封じられている。

「名前知らないけど、アンタはそんなんだからね――」

 <フロッギー>の身体は猛スピードで、ブラードが投げた水晶玉方に引っ張られ始めた。
 その力は凄まじく、前にも横にも逃げられない。

女の罠(ハニートラップ)に引っかかるのよ」

 勢いよく壁に激突した瞬間、壁から飛び出した槍にカエルの頭部が貫かれた。
 百舌鳥の早贄――“百舌鳥”と呼ばれる鳥は、秋に初めて獲れた獲物を枝に突き刺し、(にえ)として捧げると言われている。
 バチッ……バチッ……と、<スフィア>から漏れた電流に、大男の身体がビクビクと反射し続ける。
 今は秋に近づこうとしている頃だ。壁にブラリ……とぶら下がっている<フロッギー>の骸は、まさにそれに相応しい(にえ)であろう。

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