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7.魔女狩り

 ランバーが死亡した――これは“黒の魔女”・アイリーンに伝わっていた。
 盗賊達にランバーを収監する檻を用意させ終え、レゴン城の跳ね橋に差し掛かった時である。

「チッ……役立たずね。だけど、どっちが倒したのかしら?
 ま、いずれにせよどっちかは死んでいる――もう少し早ければ、盗賊どもを動かせたのに」

 今から戻るのも億劫だ。それにこのレゴン国は彼女の手中に収められており、好きに動かす事ができる。
 すぐに兵を動かし、トドメを刺しに行こうかと考えながら橋を渡ってゆくが、城からどこか物々しさも感じていた。
 見たのない兵士の顔もある。留守の間に何かが起った事に違いない――どうせ大した事は起っていないだろう、と彼女は深く考える事もなく城門をくぐった。

(それにしても、一体何があったのかしら?)

 だが、庭から城内にゆくにつれまるで出軍するかのような雰囲気に、いよいよ首を傾げてしまう。
 近隣の国との摩擦は起っていない。北のシントン国はこの国の王子が嫁を貰う。東の〔イダ〕国は、国王が王妃を性接待に使う算段を立てているはずだ。潤滑油にはなっても、リンとヤスリのような関係に……戦争の火種になる事は起っていない。
 そもそも、自分の管理下にあってこのような事が起るはずがない――アイリーンは城から出て来た衛兵を呼び止め、何があったのか尋ねてみる事にした。

「――ねぇ、何かあったの?」
「は……? あッ! エリック王子がお戻りになり、ぜ、全軍を挙げて“魔女”の討伐に向かうと」

 アイリーンに声をかけられた兵士は、どぎまぎしながら答えると、彼女は『そう言うことか』と頷いた。
 何かと妹を気にかける兄であるため、魔女に辱められた事が許さなかったのだろう。
 王子も婚儀前に洗脳しておかなければならない、と考えていたが、意外と早く済みそうだと考えていた。
 城内に足を踏み入れると、リュクが油のような物を忙しく運んでおり、奥にはピンク色のドレスアーマーを装備した、王女・テロールが忙しく兵士や侍女たちに指示を出している。

「あら、神官様。もうお戻りになられましたのね」
「え、ええ……テロール様はもうよろしいのですか?」
「おほほほっ! <魔女狩り>が出来るんですもの、そんな日に部屋の中で籠っていられまして?
 わたくしをこのような目に逢わせた女を、この手で断罪する――楽しみですわ!」
「なるほど、お兄様もお戻りになられたと伺いましたが、一緒に行かれるのですね」
「あら、耳が早いですわね。
 ですが、兄様は別の案件で既に出立されましたわ。魔女は私が仕留めますの」
「別の案件、ですか……」

 アイリーンは国王を欺くため、シントンから送られた使者と言う事にしている。
 数日前までシントン国に居た王子は、当然その神官とも面識もあるはずだ――適当に言い逃れれば済む話ではあるが、早めに手を打っておきたかった。
 しかし、それよりも衛兵の言葉と、王女の言葉が違っている事が気になっている。

「――“魔女”の策謀は今日で終わり。これまでご苦労でしたわね」
「え、いえ私はまだ……」
「おほほっ、大丈夫ですわっ!
 わたくしも居れば、兄様も居る――この城に“魔女”の手なぞ不必要でしてよ」
「な――ッ!?」

 テロールの言葉と同時に、城内に居た兵士が出口を塞ぎ始め、アイリーンに槍を向けた。

 ――バレていた

 アイリーンの顔は驚愕の表情に変わった。
 目の前にいる王女は肌ツヤが良く、毎日が活き活きとした者の顔である。
 これまで引きこもっていたような、鬱屈した顔つきをしていない。

「おっほほほほっ! いつまでも、魔女にしてやられっぱなしではありませんことよ!」
「――ッ! い、いつからッ……」
「わたくしをハメようとした時からですわ。よくもやってくれましたわね――」

「まさか、あの姉妹が……!」
「あら、今頃気づいたんですの? 聡いようで、意外とニブちんですわね。
 彼女たちは良き()()()()()に助けられましたわ。
 貴女は思い通りに事を進めていたと思っていたようですが、本当はあの姉妹の手の平の上で転がされていたのですわよ。おほほほっ!」
「ぐっ! こうなれば――」
「あら、“魔法”は効きませんことよ」

 テロールは腰に下げた小剣を引抜き、切っ先をアイリーンに向けた。
 その小剣はアイリーンが渡した、魔女狩り用の剣<マジックイーター>である。
 “魔法”を“喰う”それは、彼女ら魔女にとって天敵なのだ。
 こうなれば――と、彼女は近くの兵士に目を向けようとした時……テロールは腰にぶら下げた皮袋から、“赤い粉”をアイリーンの顔……目に向かって投げつけた。

「がッ、アアアアァァァァァッ、め、目がッ、目がァァァァッ――」
「けほっ、けほっ……な、何なのですのこの粉……。
 セラフィーナは何も言わなかったですが、まさかこれ唐辛子じゃ……?
 けほっ……まぁ、効果あったから良いですわ、けほっ……」

 アイリーンは目を抑え悶絶しているが、それはぶちまけたテロールにも効いていた。
 兵士が魔女の両脇を抱え、膝を着かせた。“魔法”も唱えられず、“魅了(チャーム)”も使えない……もはや成す術はないだろう。
 ある一つの可能性に賭けようとした時、彼女は喉元に尖った物を感じていた。

「や、やめ……お願いッ、助けて……殺さないで……」
「……わたくし、魔女の言葉に耳を貸し、碌でもない目に逢わされましたの」
「ま、待っ――がッ……あ、が……あぁ……」
「魔女の弱点は喉――あの姉妹は、弱点を話してしまって大丈夫ですの?」

 テロールの<マジックイーター>の切っ先は、無慈悲にも魔女の喉に埋没してゆく――。
 産まれて初めての感覚であるが、そこに“命を奪う”事への恐怖心はない。
 身体は震えているが、それは逆の意味でだ。彼女は『本当に<魔女狩り>の一族なのではないか?』と思えるほど、何かが満たされてゆくのを感じられている。
 その顔を見ていた兵士が動揺しているのを見て、彼女は顔を引き締め直した。無意識に笑みを浮かべていたようだ。

 ・
 ・
 ・

 その日の深夜――魔女の遺体は、真っ裸なまま地下の独房に納められていた。
 ミラリアの指示である。首はハネなくて良いのか? と疑問にも思ったが、その身が腐り落ちるまで、鎖で手足をしっかり固定しておかねばならないようだ。

 ――王子は、この国に巣食っていた盗賊団の殲滅。
 ――王女もまた、この国に潜り込んだ魔女を討伐。

 王の子が二つの偉業を成し遂げた、と町や城はその話題で一杯であった。
 当然、この日の夜は祝宴が催された。月が天辺を越えてもなお、人々の歓喜の声が止む事はない。
 魔女の骸のある独房は、王族以外は誰も知らない。知った所で近づく者はいないだろう……それに操られた者以外、は。

「……」

 ガチャガチャ……と、小さな影が独房の鍵を外し、重い扉を開いた。
 光が一切届かぬ真っ暗な闇の中で、ランプの橙火が目を見開いたままの魔女を照らし出す。

「ああ……リュク……やっと来たわね」
「……」

 魔女は生きていた――。
 喉に開いた風穴から、ヒュウ……ヒュウ……と笛の音のような風音が漏れている。

「この穴も埋めなきゃね。これで私も陽の下を歩けぬ死者の身か……この報いはいつか受けさせてやるわ」
「……」
「さ、早くこの忌々しい鎖から解放してちょうだい」

 ガチャッ……と音が響き、虚ろな瞳のリュクは一歩……また一歩……と、アイリーンの下に歩み寄って行く。
 “黒い魔女”は、秘法によって生ける屍(ゾンビ)として蘇る事ができる。そのため、処刑時は首をハネ落とすか、焼くしかないのだ。
 もし万が一のために、リュクを洗脳しておいてよかった――と、魔女は安堵の息を吐いた。

「……」
「どうしての? 早く――」
「……」
「リュクッ! 何を――!」

 リュクはどこからか短刀を取り出すと、躊躇わず魔女の胸に突き立てた。

「がッ――りゅ、リュク……」
「『うふふ……解放? 誰が、貴女のようなビッチを、誰が自由にすると言うのですか?』」
「があ゛あ゛ぁぁッ……ま゛、ま゛ざかッ――アンダは……グラ――ッ」

 その刃は真っ直ぐ胸……へそ……下腹部まで開いてゆく。
 死した身体ではあるが、“痛み”は感じる―――“リュク”は顔色一つ変えず、赤黒い新鮮な臓物を露わにしながら、口をパクパクと開き悶絶する“女”を見下ろしている。

「『まったく、貴女方には困ったものです。
 どうして私たちを静かに暮らさせてくれないのですかね……』」

 “リュク”は部屋の外に置いてあったバケツを運び込むと、その中の液体を魔女の身体にザバッとかけた。
 息苦しくなるような臭いの液体は――

「ま゛ッ……ま゛ざがッ……あ゛ぶ――」
「『ああ……この子の“毒”は、私が吸い出しておきましたから。ふふふ……』」

 “リュク”は不気味に口角を上げると、ランプを魔女の上に掲げた。

「や゛ッ、やべ……おねが――ッ」
「『いい加減辟易してるのですよ。“黒”も“白”も、親も出自も――』」

 手が離れてから一拍。ごうっと音と同時に橙色の炎が魔女の身体を包み始めた。
 地下牢に魔女の断末魔が響き渡るが、地上の者にそれが届く事はない。
 “リュク”も手を洗った所で、急に辺りを見渡し始めた。油臭いのは昼間の準備のせいだと思い、首を傾げながら風呂へと向かう――。


 ◆ ◆ ◆


 賑やかな城の外では、美しい金髪の女が歩いている。
 すれ違った男は思わず振り返るほどの女であるが、月明かりに照らされた彼女の笑みに、男たちは縮み上がった。

「ふふっ。私には、手のかかる可愛い妹がいますので――」

 月明かりの下、ミラリアはゆっくりと歩いている。

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