06
〈悪〉の破壊衝動を抑え込む必要など、最初からなかったのではないだろうか、とすら思う。
それほどまでに、〈悪〉とシルヴィの欲求は似通っていた。力を求め、それを向ける相手を求める、破壊衝動と向上心が響きあう。
ふらふらと覚束ない足取りで地面を踏むシルヴィに、〈悪堕ち〉が突進。
地面を抉る一歩が風のような速さを実現し、まっすぐにシルヴィの元へ。接触すると同時、刹那の間に打撃音が重複して響いた。
人間が届くはずもない領域に踏みこんだ二者──〈悪使い〉と〈悪堕ち〉は、その力を存分に振るっていた。互いに壮絶な笑みを貼りつけ、目の前の存在を破壊することだけを考える。
拳が交わり、手刀が行きかう。その全てが命を奪いうる。応酬を繰り返しているだけで死線の上に足を乗せているようだったが、もはやシルヴィは〈悪堕ち〉に成りさがる恐怖すら感じない。
むしろ、苛烈さを増す幻聴を聞けば聞くほど、シルヴィの意志はより強固になっていった。
自分よりも強いものへの破壊願望。意識の奥底に眠っていたその衝動を自覚した瞬間、シルヴィは自我と理性を保ちながら〈悪〉へと近づいていく。
体の各部から流れる血が、重力に逆らって浮遊。水が凍りついていく中途で鳴る、氷同士が擦りつけられているような音が、打撃音の隙間から聞こえてくる。
氷、ガラス片、宝石──透明度を持つ物体のどれとも違う、文字通りの血の結晶が、夕日に照らされてさらに赤々と輝いている。
血の結晶が完全に形を成す前に、〈悪堕ち〉が仕掛けた。
左手をフェイントに使った直後、右手の爪で心臓を狙う殺しの一撃。