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 全てを破壊して殺しつくす〈悪〉の衝動が、〈悪堕ち〉に向けられた結果として、今の拳が命中したと言ってもいい。内側から溢れでる破壊衝動を抑えきれない。

 加えて、世界を赤く染めあげながら沈む太陽が、もうすでに地平の底に埋まりかかっていた。

 あと数分もしない内に、天使の軍勢がシルヴィと〈悪堕ち〉を滅ぼしにかかるだろう。

 手詰まりなのか。いまだに断定ではなく疑問形を使うのは、シルヴィの最後のあがきとも言えた。断定に変わった瞬間、シルヴィは〈悪〉の衝動に自我を食らいつくされる。

 ──壊セ。

 そんな幻聴すら、聞こえてくる。

 精神の奥底でそそのかす〈悪〉の声なのか、あるいは〈悪〉に食われかけた自分の意志の声なのか、シルヴィには判断がつかない。

 ただ、その声はとても心地よかった。

 ふつり、ふつりと湧きあがる感情に戸惑いながらも、シルヴィは笑う。心地よさと同時、懐かしさすら感じる声に押され、シルヴィは〈悪〉に──〈悪堕ち〉に近い存在になっていく。

 ──殺セ。

 〈悪堕ち〉がゆっくりと立ちあがった。数瞬前まで限界すら感じていたというのに、シルヴィは敵が倒れていないという事実に心の底から喜んでいた。

 狩られる側に立っていたはずが、いつの間にか〈悪堕ち〉を獲物として見ている。

 世界が反転しているようだった。恐怖は憐憫に、苦境は好機に。理解不能な現象を前に、しかしシルヴィが強く感じているのは、途方もない熱量だった。

 体の奥底が熱い。

 意識の奥底が熱い。

 もはや聞きとることすら困難なほどに破壊と殺戮ばかりを叫び散らす幻聴が、熱い。

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