01
シルヴィが森を抜け、草原に辿りついたころには、日は沈みかけていた。
西からの赤い夕焼けと、東からの黒い夜。赤く照らされた下草と、その隙間に落ちた黒い影。
そして、赤い瞳と黒い体。
草原に広がる色彩は、そのまま三日前の再現だった。
シルヴィの息が詰まる。
精神的な傷が癒えるには、三日という期間は短すぎた。ぐらぐらと揺れる視界を気力で支え、崩れそうになる足で地を踏みしめる。
人の影がそのまま立ちあがったような黒い体も、非生物的にぬらぬらと光を返す黒い翼も、獣のような赤い瞳も、心底恐ろしい。シルヴィを見とめて、口の端を吊りあげて笑った〈悪堕ち〉が恐ろしい。炎と影を思わせる、赤と黒に彩られた景色が恐ろしい。
シルヴィは思わず右目に手を当てる。指先で触れた位置にあるのは、眉尻から目尻にかけて走る傷跡だ。〈悪堕ち〉によってこの傷を受け、シルヴィは気を失って──ただ一人助かった。
どうして〈悪堕ち〉がシルヴィにとどめを刺さなかったのか。知る由などないが、希望的観測が当てはまるとしたら、
「ロラン……」
彼の自我がまだ残っているのだろうか。
しかし、応えはない。答えもない。〈悪堕ち〉は静かにシルヴィを見つめ、獲物を見つけた獣のように闘志をみなぎらせている。
逃げることなど最初から許していない。強者を打ち倒す。それは、シルヴィが〈悪使い〉として成り立つための目的であり、戒めだ。乗り越える相手が元は善良な人間であったとしても、自らの師であろうと、関係ない。