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02

 右目に当てていた手を握りしめる。と同時に、シルヴィの髪は黒く、瞳は赤く染まった。弾けるような音がして、背中からコウモリの翼が生える。

 一陣の風が、草原を駆け抜ける。

 下草を弾き飛ばしながらの、〈悪堕ち〉の突進。勢いそのままに突きこまれる右手の手刀を、シルヴィは手首を掴むことによって減速させ、顔を傾けて避ける。

 頬に引きつるような感覚。皮膚が薄く切れたことなど意識の外に追いやって、次の行動へ。

 手首を離し、姿勢を低くして〈悪堕ち〉の胴体に拳を叩き込む。金属同士が叩きつけられたような、硬い音が響いた。

「──っ!」

 拳から肩まで痺れが広がる。歯を食いしばってうめき声をこらえ、〈悪堕ち〉が蹴りを放ってくることを見越して、それよりも早くすれ違うように斜め前方に転がりこむ。

 勢いを受け流して地面に足をつけたシルヴィに、〈悪堕ち〉の蹴りが迫る。

 息をつく間もなく、体を傾けて回避。ぼっ、と空気が破裂する音と共に、シルヴィの顔のすぐ横を通りすぎた足先が、その後ろで揺れていた髪束の一部を引きちぎった。

 伸びきったまま横薙ぎに振るわれた〈悪堕ち〉の足を、姿勢を低くすることでなんとか避け、シルヴィは顔をしかめる。

 〈悪堕ち〉の一挙手一投足は、その全てが人外の速度で繰り出される。動きに伴って空気は押され、風となってシルヴィの耳に圧を加え、半規管を揺さぶり、目を眩ませる。

 耳と目が正常であっても回避が精一杯な現状、一瞬であっても二つの感覚を潰されてしまえば反撃も回避も不可能になる。

 狙いすまされた漆黒の翼の一撃が、シルヴィの胴体に叩き込まれた。

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