03
刃を寝かせて胸に刺したナイフは、肋骨の隙間をぬって内臓に達した。
体の内側から痙攣が伝わってくる。掌に残る死の感覚は、しかし刃を抜いた後にはもうどうでもよくなっていた。
私の視界にはすでに、次の獲物がいる。
腕をかすめていく誰かのナイフも、もはや気にならない。目も耳も冴えているのに痛覚だけは鈍くなっていて、薄く斬られたところで私の動きを止めるに至らなかった。
奥底から湧きあがる熱が、私を突き動かしている。
動くたびに服の隙間に入りこむ冷たい風は、むしろ心地よく感じられた。
風だけではない。呼吸は、鼓動は、ここまで心地よいものだっただろうか? 世界に溶け込むための灰色の仮面がなくなった今こそ、私はより鮮明に世界を感じているような気がする。
口角を上げ、喉を鳴らし、肩を揺らして、私は笑った。私が笑みを深めるごとに周りが恐れを露わにするのが、また愉快でたまらない。
恐怖の伝染した集団など、殺してしまうのはたやすかった。
腰を抜かした最後の一人まで、気の向くままに全員殺した。
命乞いが聞こえていたような気がしたが、内容なんてもう覚えていない。私は他人の血で真っ赤に濡れていて、それよりも鮮烈な赤が私の内面から溢れだしていた。
熱が冷める様子も、ない。
荒くなった呼吸を整え、私は周囲に目を向ける。遠くに人の気配はあるものの、そこまで向かう前に確認するべき場所があった。
闇の中に浮かび上がるような、白いワゴン車。
道を塞ぐように停車してから静けさを保っているが、中に人がいないとも限らない。ねばつく血液を靴底で感じながら、私はワゴン車へ向かう。
ナイフを持たない左手で、後部座席のドアを開ける。真っ白な車体に一点、赤が付着するのが見えた。
路地裏よりもさらに暗い車内で、びくりと動く人影が一つ。
座席の上で身を縮めているのは、後ろ手に縛られた若い女だった。私と同じくらいの年ごろらしい──と、相手をよく見て分析している時点で、気付くべきだったのかもしれない。
その姿に見覚えがありすぎることに。
泣きはらした目は、青ざめた顔色は見慣れないものだった。しかし、その顔は。
「し、おり……?」
涙を浮かべ、恐怖に染まった瞳が、暗闇の中で大きく見開かれた。
熱が引いていく。さっきまでの狂乱が嘘だったかのように、跡形もなく消えていく。突きつけられた現実は、命を奪う凶器よりも鋭い。