04
嘘、とこぼした声は、自分のものとは思えないほど震えていた。
詩織は布を噛まされた口でなにかを言おうとしている。
聞き取ろうとする間もなく、背後で悲鳴が聞こえた。
振り返ると、騒ぎを聞きつけたらしい通行人が数人、スマートフォンを手に立っていた。一人は電話をかけているようで、おそらくは警察に現状を伝えようとしているらしいのが聞こえてくる。
車内にもう一度目を向ける勇気は、ない。
ワゴン車に塞がれた道のわずかな隙間を抜けて、私は走る。
強く握り締めた右手の中で、血濡れたナイフが存在感を放っていた。
*
荒れ果てた教会の前で、私は足を止めた。
裏通り同士はさほど離れていなかったらしく、慣れた道に出るのは思ったよりもはやかった。代わりに、現場から近すぎるせいで油断できる状況にはない。遠くに聞こえたサイレンに背中を押されて、私は教会へ入る。
戻ってきた痛覚が、体のあちこちで本領を発揮していた。ナイフで斬られ、鉄パイプで殴られた場所が、それぞれ違う種類の痛みを発している。
なによりも私の意識をかき混ぜていたのは、離れ際にワゴン車の中から聞こえたくぐもった声だった。
詩織はなにを伝えようとしていたのだろう。
もう、知る由もない。
「──やぁ、レディ」
埃にまみれた広間でその声を聞いたのは初めてだった。
説教台を背後にして、ターコイズブルーの燕尾服は鮮やかに見える。
「素敵なラストシーンを飾れたようだね」
思わず大きく息を吸い込んでしまって、喉に飛びこんできた埃に咳き込む。
余裕を見せていたオクルスは、その途端慌てて私の元に歩み寄ってきた。その一歩一歩は、古い床板を軋ませず硬い靴音だけを響かせている。
「大丈夫かね? ここはレディを引き立たせるには最適だと思ったのだが、やはり君には美しい場所が似合うようだ」
白い手袋を着けているにも関わらず、オクルスはためらいなく私に触れる。彼の身につけたものが血で汚れていくのは、なぜか不思議な現象のように見えた。
その上から埃までこびりついていくのだから、オクルスのまとう色が徐々に霞んでいくような気さえする。
「狙い通りだった……というわけ?」
私の全身から力が抜けていく。ふらついた体をオクルスに支えられて、ようやく立っているようなありさまだ。