02
脳の奥底で発生した快楽が、背骨を伝わって全身を駆け巡った。
男の腹に突き立てたナイフを、さらに深く刺しこむ。頭上から聞こえる呻きが、呼吸が、鼓膜を揺らして脳を犯す。
自分の呼吸がこれ以上ないほど熱かった。視界の端に追いやられたきれいなナイフはもはやただの飾りで、切っ先が私に向けられる様子もない。
ナイフを捻ってから抜くと、溢れ出た鮮血が私の手を、腹を、胸を汚していく。
それからは、男の膝が崩れるまで同じ動作を繰り返した。私の腕は柄に触れた掌以外ほとんど血まみれで、わずかな光が赤くぬめぬめと反射されている。
一度目の殺人より強い解放感の余韻に浸る間もなく、道を塞ぐようにワゴン車が停まった。こちらに側面を向けるワゴンは、特徴のない白一色。そこから、複数の男が不穏な空気を漂わせて降りてくる。
彼らは、私の足元に転がる死体を見て顔色を変えた。
とはいえ、恐怖や拒絶の色はない。あるのは怒りと混乱で、どうやら足下で死んでいる男の仲間らしい。最期に男が言いかけたせりふを思い返せば、彼らがまとう空気がとげとげしいのもなんとなく頷ける。
仲間が死に、さらおうとした女が血まみれで立っているのを考えると、むしろ彼らは冷静さを保てている方だ。
「なにしやがった、てめぇ」
集団の中心でナイフを持つ男が、低い声で凄む。
今まで不意打ちのような殺ししかしてこなかったのに、なぜか恐怖心はない。どす黒いとしか感じられなかった私の本性は、灰色の仮面と共に剥がれ落ちて鮮やかな赤色を晒している。
抱く意志などただ一つ。
一人残らず殺してやる。
「見れば分かるでしょ」
言葉を紡いだ自分の口元が、笑みを作っていた。
死体を蹴り転がして、体の前面を表にする。改めて見ると腹部はめちゃくちゃに刺されていて、荒事に慣れていそうな男たちがひるむほどだった。
「殺したかったから殺したの」
ナイフを握った手を下ろしたまま、私は男たちへ向けて歩み寄った。
数人が半歩下がったが、それでも恐怖より意地やプライドが勝ったらしい。それぞれの凶器を構えて、男たちは私に殺意のこもった目を向けてくる。
充分以上に不利で、命の危機すら感じるべき状況だというのに、私の頭はまだ熱に浮かされていた。むしろ、彼らの行動も獲物の悪あがきのように見えてしまう。
焦ったらしい男の一人が、間合いに入ってもいないのに鉄パイプを大きく振りあげた。私は踏み込んで、その懐に潜りこむ。