第1話
春樹は何が起こっているのか、まるで分からず、走っていた。パンダをお風呂に入れ終わり、今日の仕事は、終わりだと、白瑛さんに言われ、部屋に戻り、絵描き道具を開けていた。何故か、絵描き道具の中に鞭が入っている。何も無いよりましかと思い、鞭を腰につけた時、扉をノックされ、白瑛さんかと思い、開けると、ドーベルマンに似た犬に、飛びかかられたのだ。とっさに避けて、窓から飛び降り、今に至る。
俺が何かしたのか。どうせ、空が何か余計なことを言ったのだろうが。
走って走って、場所もわからず、走り続け、諦めかけた時、春樹の頭上を何かが飛び越えた。
(さがれ)
低く唸るような声。振り向くと紅蓮の色の狼が、うさ耳兵士や、ドーベルマンに似た犬を威嚇している。威嚇された彼らは、何処か怯えたように見える。うさ耳兵士は、耳がうな垂れ、ドーベルマンに似た犬を連れ立って行ってしまった。
助かったのか、でもあの狼はどうして……。
走り疲れて、へたり込んでしまった春樹は、ジリジリ近付いて来る、狼に、恐怖から目をぎゅっと瞑る。
ぺろ ぺろ ぺろ
冷たい舌の感触が、頬に当たり、春樹が目を開けると、紅蓮の狼は、優しく春樹の頬を舐めている。さっきまでの恐怖は、吹っ飛び、春樹は、そっと、狼の頭を撫でた。
もふもふで、気持ち良い……。向こうで飼っていた猫みたいだ……。
夢中で撫でていると、先ほどと同じ低い声。優しくて、どこか照れたような声が聞こえた。
(すまなぬが、あまり撫で回されると流石のおれでも照れる)
えっ、まさか、この狼もコウ達と同じ、力の強い獣人なのか。
春樹の脳裏にコウキの言葉が過ぎった。
神獣がパンダだからと言って、王もパンダという訳ではありません。王に選ばれる獣には、印があります。今期の獣王でコウのパートナーの方は、狼の獣人ですよ。
まさか……この狼……。
春樹が撫でるのをやめると、彼は春樹の腕から、するりと抜け出し、目の前に座る。
(言葉が分かるようなので、このまま話す。人化すると裸になってしまうのでな。おれが、獣王の秋嵐である。このような事態を引き起こし、申し訳無い。出来れば許してもらいたい)
混乱状態の春樹だが、申し訳なさそうに頭をさげる彼に、罪悪感の方が勝り、逆に冷静になれた。
「頭を上げてください。あんたのせいじゃない。だから、その……気にしないでくれ。俺は、春樹だ」
これが、秋嵐と春樹の出会いだった。