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典正は今、人ならざる能力をその身に宿している。
だから腕の一振りがすでに狂気じみた凶器と言っても過言ない。
彼が何気なく腕を振ると……それは顔の前を飛ぶ羽虫を追い払うような何気無い仕草だったのだが、その腕の先にいた男の髪の毛が薄く吹いた風の刃に剃り落とされてパサリと落ちた。
「は、あ?! 俺の髪が!!」
つるり、つるりと頭を撫で回して狼狽する男は、今すぐにでも泣き出しそうな半ベソ顔だ。
そんな彼に向かって、老練の戦士が叫ぶ。
「バカモン、髪だけで済んでよかったと思え! あの技……空烈真刃は、カミソリのごとく薄くありながら首さえも剃り落とす威力を持つ……迂闊に動くと命を持っていかれるぞ!」
「ひ、ひぃい!」
ブロック敷きの上に悲しく散らばった髪のひとふさ、あれと同じ感覚で自分の首を転がされてはたまらない。
「に、逃げろ」
「いや、ダメだ、ここで退いては領主様に殺されるぞ!」
「くそっ、どっちにしても死ぬ運命なのか!」
賊たちはざわめき、浮き足立ち、一番マッチョな男は腰から大地に崩れ落ちてシクシクと泣き出した。
対する典正は余裕綽々、うっすらと微笑みを浮かべて賊どもを一瞥する。
「案ずるな、命まで取ろうとは思わない。しかし……仮とはいえ我が可愛い妹に狼藉を働いた罪、その身の一部をもって償ってもらうぞ」
しぱ、しぱ、しぱ、と……いくつかの風鳴りが響き渡った。
「ひいいい、髪が、髪が!」
研ぎ澄まされた風の刃は男たちの頭皮すれすれを撫で通り、頭頂の毛髪をすっぱりと剃り落とす。
「ふ、似合うぞ、カッパヘアー」
手元をスウとおろした典正の周りに、幾房もの毛髪が舞乱れ、それはさながら彼の不敵な笑顔を飾る羽模様のようにも見えた。
茉耶華が小さくため息をつく。
「やばい、カッコイイ……」
賊どもが足元に散った毛束を拾い集めるという虚しい光景の中、典正は背中の羽をはためかせて宙へと舞い上がる。
それはうろたえる罪人どもの前に、それらをそそのかす禍々しい美しさをもった悪魔が降臨したかのような……
しかし、その美しさに惑わされてはいけない。
茉耶華はクイと顔を上げ、ゆったりと羽を羽ばたかせる彼の姿を睨みつける。
典正はそんな彼女の強気さえ見下ろしながら、口元に余裕の笑みを浮かべるのだった