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彼は人間の姿で、おまけに『海人』と大きく書かれたTシャツを着ているという、マヌケな有様だ。
それでも拳を固めた賊にとりかこまれてなお、飄々としてたつ姿が神々しくも思える。
おまけに賊たちはアマンドが本来いるべき『あちらの世界』から来た者たちだ、これの正体に気づいているらしく、じりっと二足ほど後ろに下がる。
アマンドは鼻先でふふんと笑いながらTシャツを脱いだ。
「腰抜けどもめ、そんなにワイが恐ろしいんか」
のみならずジーパンまで脱ぎ、それぞれをひどくていねいにたたむ。
しかし、さすがにトランクスまでは……ウエストのゴムに手をかけたまま、少し悩んでいる様子であった。
「あ~、このカッコのまんまコレ脱ぐとやばいんか」
茉耶華が力いっぱい叫ぶ。
「すでにかなりやばいしっ! 何する気なのよ!」
「契約や」
アマンドはないだ水面のように静かな表情をしている。
むしろ茉耶華のほうは、両手を振り回さんばかりに取り乱して唇を震わせていた。
「契約って、誰と?」
「姫さん、いまさら隠しても無駄や。典正は『星受人』やろ?」
「ばばばばばば、そそそそそそそ」
「だから、隠しても無駄やって。こっちの世界に来てから、なんで姫さんが典正に固執するのか、そればっか考えててな、で、ひとっつの結論に達したわけや」
「け、結論って?」
「星受人でありながら、ひどくひ弱いこの男を、姫さんは護衛したるつもりなんやないかと」
「くっ!」
「図星やな」
アマンドの体が強く光り、トランクスが宙に舞った。
いままで人の形をしていたそれは、すでにドラゴンに……とはいっても愛玩動物のような小さな姿ではなく、鱗の一枚が掌ほどもあるような立派なドラゴンの姿となって典正を見下ろしていた。
「典正、ワイと契約せい」
「契約だと?」
「ワイらドラゴンはその力の強大さゆえ、神によって呪われている種族なんや。自分の魔力を百パーセント使うには、よりしろとなる人間の体を通さんとあかんのや」
「つまり、オレによりしろになれと」
「せやで」
「ふ……ふふふふふ、ついにきたか、異世界へと我を誘うものよ!」
「いや、短期契約もできるんで、ちょいとこいつら倒す間だけな」
「ふ、いずれ長期契約を結ぶ、そのための試用期間というわけだな」
「ほんま、ポジティブで助かるわ。とりま、いくで!」
「来るがいい!」
一瞬のうちにアマンドの巨体が燃え上がり、それは見上げるほど大きな火柱へと姿をかえた。
「ちょ~っとだけ熱いで~」
炎がゴウと音を立てて典正の体を飲み込む。
「ちょっとどころじゃないぞ、あっちい!」
「男の子やろ、がまんしいや!」
あれほど大きかった炎がまるで飲みこまれるように典正の身のうちに吸いこまれて行く。
最後の一炎が典正の髪の先でボッと小さく散った。
「こ、これが契約?」
あれほど大きなドラゴンの姿はどこにもない。
その代わり、典正の背中には一対の蝙蝠様の翼がにょっきりと突き立ち、その額にはドラゴンを思わせる象牙色の角が生えている。
「ふふふふふふ、そうか、これが契約か」
不敵に笑う典正の姿に、賊たちはまた一歩、後ろへとかかとを下げるのであった。